922. 昔話が引き寄せるフラグ
朝からどたばた騒がしいリリスは、収納からリボンの箱を取り出してひっくり返した。ベッドの上は色とりどりのリボンが散乱する。まるで花畑のような光景だが、そんな優雅な状況ではなかった。
「これじゃないのか?」
「違うわ! ピンクで、ひらひらしてて……こういう感じ」
手を大きく揺らして示されても、リボンなど全部同じに見える。どこが違うのやら、困惑顔でリボンの山を崩し始めた。ひとまずピンク色だけを選び出していく。
「ひらひらしてるのよ」
普通のリボンは違うというので、さらに分けていくがリリスは首を横に振った。残念そうに肩を落とすので黒髪を撫で、別のリボンを差し出す。
「これじゃ無理か?」
「……もう時間ないし、それでもいいかしら」
「こっちはワンピースとお揃いの布だぞ」
「じゃあ、こっちにする」
ようやく鏡台の前に座ったリリスだが、全身が映る大きな鏡の下の方にちょこんと顔が映る。取り出したのは、オーク毛を使ったブラシだ。寝起きは絡まる黒髪を丁寧に毛先から梳かし、最後にハイエルフのオレリアから献上された柘植櫛で整える。
自身の長髪を結うことも多いルシファーは、慣れた手つきでリリスの黒髪を左右で2つのお団子にした。上に白い絹を巻いてから、ワンピースと共布のピンクのリボンで留めていく。左右の大きさも位置も問題なく、鏡で確認したリリスも満足そうだ。
「ありがとう、ルシファー」
「どういたしまして、オレのお姫様」
ちゅっと額にキスをして、リリスが散らかしたワンピースやリボンを手早く収納へ放り込んだ。リリスに持たせると、取り出す際に全部ひっくり返す欠点が判明した。このままルシファーが管理する方がトラブルが少ないだろう。
「皆を待たせてるから行こう」
「ええ」
今日の大公女達は公務のため、お揃いの紺ワンピースに、オフホワイトのスカーフを飾っている。そのスカーフと同じ布でリリスのお団子を巻いたため、うまく統一感が出た。満足げなリリスをエスコートして外へ出ると、玄関先で大公女と護衛が顔を突き合わせてる。
何やら盛り上がっているので後ろから近づくと、気づいたイポスが姿勢を正した。ヤンも慌てて姿勢を低くする。
「何を話してたんだ?」
「昔話です、我が君」
ヤンが説明した範囲で、昨夜はイポスの話で盛り上がった。裏話や当時は父親を薄情だと思ったことなど、様々な話をした。夜更かしした彼らに、大公女達が昔話を強請ったのだ。ヤンはルシファーと出会った頃を思い出しながら語ったらしい。
得意げに髭を動かすフェンリルの鼻先を撫でながら、複雑そうな顔をしたルシファーが口を開こうとしたところに、キマリスが合流した。屋敷から歩いてきたのだが、昨日よりずっと姿勢がいい。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。朝からすまないな」
労うルシファーと腕を組んだリリスが気づいて声をあげる。
「素敵! その靴凄く似合うわ。足が長く見えるもの」
「リリスの方が早かったか。確かにスタイルが良く見える」
ルシファーも気づいて褒めると、キマリスは嬉しそうに照れて赤くなった頬を両手で隠した。なんとも可愛らしい仕草だ。
「ロキちゃんだわ」
転移魔法陣で合流したルキフェルが、同行したアベルをルーサルカの方へ押した。ついでにストラスも連れてきたので、イポスが嬉しそうに笑う。小さく手を振る彼女に、ストラスがすぐに寄り添った。
「今日は街の向こう側を見よう。折角だからお土産を買うか」
「だったら僕が持ち帰るよ」
ルキフェルが収納に入れて持ち帰ると宣言したため、魔王一行は買い物に繰り出した。その最中も昔話を聞きたがる大公女達に請われるまま、ヤンは小さな話をいくつも披露する。それを聞きながら、アベルはぼそっと呟いた。
「な~んか、フラグっぽい」
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