339. 一緒にお風呂入る?

 最近は腕を組んで歩くことはあっても、抱っこされての移動は減った。淑女教育の成果もあるし、人目を気にしたリリスの願いもある。それだからこそ、抱っこできるチャンスは絶対に逃さない魔王だった。


「ねえ、パパ」


「なに?」


 満面の笑みでご機嫌だと告げるルシファーの顔を見ながら、頬にかかる純白の髪に指先で触れた。かき上げる仕草で頬を撫でて、整った顔を覗き込む。まっすぐに視線を合わせるリリスの赤い瞳に見惚れながら、ルシファーは自室のドアを開いた。


「一緒にお風呂はいる?」


「もちろん」


 当然だと頷く。毎日一緒に入っているのに、なぜ確認するのだろうと首を傾げたルシファーへ、予想外の言葉が届いた。


「あのね、女の子はパパとお風呂に入らないんですって」


 生まれて間もない頃、魔術に失敗して自分に雷を落とした時に並ぶ衝撃に、ルシファーの足が止まった。ぎぎぎ…と油が切れた機械のように口を開く。


「……うちはうち。よそはよそ」


 一緒にしちゃいけませんと呟きながら、ルシファーは余計なことを吹き込みそうな奴を脳裏にピックアップした。


 まず庭の整備をしているエルフは女性が多いから可能性が高い。次に世間体を気にしそうなベール、ルキフェルあたりか。ベルゼビュートはバカだから大丈夫だろうし、リリスが魔王妃になることに賛成のアスタロトも除外できる。アデーレはどっちだ?


 唸りながら、敵と味方に分類していく。世間がどうであろうと、リリスとルシファーには関係ない。そもそも通常の親子関係ではないし、いずれお嫁さんになるのだ。お風呂はずっと一緒に入りたいし、同じベッドで寝たい。出来るなら仕事中もずっと膝の上に座っていて欲しいのだ。


 魔王の地位と立場のせいであれこれ我慢しているのに、これ以上リリスとの触れ合いを奪われるのは嫌だ。そうなったら全力で拒否する。が……もしかして思春期になったし、恥ずかしいのかも知れない。ちらりとリリスを見て、美しく成長する少女の表情を窺った。


 強行して嫌われるのは困る。


「リリスが嫌なら我慢する」


 唇を尖らせた子供のようなルシファーの態度に、リリスは笑い出した。尖った唇に指を押し当てて、ぐいっと押し戻す。


「嫌じゃないわ。だってパパだもん、リリスはお嫁さんなんだから」


 外では「私」と言うが、ルシファーと一緒のプライベート空間では幼女の頃と同じ「リリス」と名前で自分を称する。そんなささやかな違いに特別感を覚えるルシファーは、素顔を見せてくれるリリスに頬ずりした。小さな頃から変わらない、すべすべの肌が気持ちいい。


「そっか。リリスに嫌われたかと思った」


「パパを嫌いになんてならないわ」


 頬ずりを返しながら、首に手を回したリリスがご機嫌で口にした言葉に、ルシファーは舞い上がった。抱っこしたまま浴室へ向かい、手前の小部屋で残念そうにリリスを椅子に下す。ずっと抱っこしていたかったのだ。


 自分ひとりでは脱ぎ着できないドレスを纏うリリスの髪や首を飾る宝石類を外し、続いて編み込んだ黒髪を解いた。結っても癖がつかないルシファーの髪と違い、リリスは緩やかに波打った髪を気にして手で引っ張る。


「どうしたの? 髪が痛むぞ」


 ぐいぐいと黒髪を手荒に扱うリリスの手を掴むと、彼女は不満そうに上目遣いで睨んできた。美しい白い肌を縁どる黒髪は腰まで届く。手櫛で優しく梳かしてやれば、ルシファーの純白の髪から簪や髪飾りを抜いたリリスが「ずるい」と呟いた。


「パパはまっすぐで綺麗じゃない。リリスだけこんなになるわ」


 風呂からの湿気もあり、リリスの毛先がくるりと丸まる。洗えばまっすぐな髪に戻るが、結い上げた髪を解けばどうしても癖が出てしまう。逆にルシファーの髪はまったく癖のないさらさら状態だった。


「普段はまっすぐだし、こんなリリスの姿を知ってるのがオレだけなのは嬉しいけど」


「……本当にずるい」


 勝てないと文句を言いながらも、リリスの口元は緩んでいる。ドレスのリボンを解いて肩を滑らせ、下着姿になるとリリスは残りを自ら脱ぎ捨てた。


「髪はオレが洗うからね」


「わかったわ」


 手荒に洗うのではと心配で声をかけ、ルシファーは服を脱いで後を追った。

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