398. お手伝いさせてください
「しっかりなさってください」
「……うん」
結局朝まで泣いていたルシファーは、側近によりベッドの片隅から発見された。丸くなって身を縮めていたので、発見が少し遅れたのは余談である。
裸のまま眠ったリリスは昨夜のことを気にしてないようで、無邪気に抱っこを強請った。毛布の下は裸、いくら幼女でもアスタロトに見せる気はない。素早く取り寄せたパジャマを被せ、扉の方を向いて待っていた側近を「見てないだろうな」と脅した。
「見ておりません」
「よし!」
それ以前に興味がありませんよ。あなたのような幼女趣味ではないんですから。心の中で悪態をつくアスタロトだが、表面上はにこやかに応じた。
「リリス嬢のお着替えは
パジャマ姿の幼女にベッドへひれ伏して『お手伝いさせてください』とお願いした。これでも魔族の王で肩書は最上位なのだが、愛しい娘の前で威厳が発揮されることはない。
今日のリリスのお召し物は、彼女の要望を取り入れた濃茶のドレスワンピである。ふわふわと数枚重ねたオーガンジーの軽いスカートが大輪の花を逆さにしたようなボリュームを作り出し、腰を括れさせて華やかに見せていた。ビスチェタイプで肩が出てしまうため、カーディガンを羽織らせる。
淡いクリーム色のカーディガンと同色のリボンを髪に絡めて垂らし、旋毛の横にオレンジ色の花細工を乗せた。黒髪は肩の長さ程なので、結ぶというより髪飾りを乗せるスタイルが主流だ。慣れた手つきでブラシをかけ、数種類の髪飾りの中からリリスが選んだ飾りを魔法陣で固定した。
ちなみにルシファーが開発し、ルキフェルが改良した飾りの固定魔法陣は安価で複製販売されており、魔王城のお土産として非常に人気が高い。特にピアスなど落としやすいアクセサリーの固定用として需要が高かった。奇妙なところで民に貢献する魔王である。
魔王陛下渾身の作であるリリスは音のずれた童謡を
「パパ、お腹すいたぁ」
「アデーレが用意してくれたぞ」
手際のいい侍女長の待つテーブルには、柔らかそうなパンが湯気を立てていた。
「おはようございます。陛下、リリス様」
「おはよう」
「おはよ!」
挨拶を終えると席につき、リリスの目が釘付けの目玉焼きが取り分けられるのを待つ。
「パパ、あの卵大きい!!」
「あ、ああ……うん」
あれは以前に竜族から献上された卵ではなかろうか。罪人の卵をもらって食べたが、リリスがお気に召したので鬼が留守にしている間にもらいに行って、すぐバレた。叱り付けるアスタロトの剣幕を思い出し、ぶるりと身を震わす。
「これは?」
「ドラゴニア家からの献上品です。どこぞから聞いたのでしょうね。リリス様へのお祝いだとか」
正式名称『魔王陛下による竜の卵強奪未遂事件』を慰謝料で収めたのは、ドラゴニア家だった。彼らは竜の卵がリリスの好物だと知っている。しかしお祝いと称して送ってきたなら、城内で起きたリリスの急成長のお祝いだろう。
「そうか。よかったな、リリス」
「うん」
大きく分厚い白身に、たっぷりと黄身を乗せた皿を無邪気にフォークで突きながら、リリスは嬉しそうに笑う。この卵が無精卵であることを祈るばかりだ。いくら祝いでも有精卵をくれるわけはないと思うが……当主のエドモンドは義理難い男だから、逆に心配になる。
「後でエドモンドに卵の出所を確認してくれ。それにしても、この城の情報管理はザルだな」
「セキュリティ担当がポンコツですから。厳しくしますか?」
「……民の娯楽を取り上げるのも気の毒だ」
情報管理してる女は格好いい、と安請け合いしたベルゼビュートを思い浮かべ、2人は同時に溜め息をついた。元から魔王城の私的な情報は城下町に流れ放題なのだ。本当に重要な軍事情報はベール管理なので、多少のプライバシー流出は諦めた方が早いかも知れない。
魔王絡みの噂や日常生活の漏洩は、民にとって世間話という娯楽の種になっていた。害がない範囲なら、好きにさせた方が好感度は高い。
「あーんして、パパ」
笑顔のリリスに、素直に口を開ける。大きめに切り分けた卵を入れてもらい、昨夜との落差に幸せが満ちて崩壊寸前のルシファーだった。
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