61. 姿が見えないと不安でした
鼻先に抱きつき、もそもそと耳のほうへ這うリリスの後ろで、手を差し出した姿でおろおろするルシファーがいる。落ちそうになったら受け止めるが、彼女の成長のために多少のお転婆は許すようミュルミュール先生に言われてから、手出しを自分なりに控えているのだ。
ヤンも器用に角度を動かして、リリスが落ちないように手助けする。
「ルーファ?」
耳の間までたどり着いたリリスだが、振り返ってルシファーがいないことに気付く。実際にはヤンの陰にいるのだが、ふさふさの毛に埋もれたリリスからは見えなかった。不安になって周囲を見回し、名をつぶやいたのが限界だった。
「るーふぁ、うああああぁ……っ」
「はいはい、ここにいるよ。リリス」
羽ばたいたルシファーが満面の笑みで手を伸ばすと、2階以上の高さがあるヤンの上からリリスが飛びついた。落ちたら一大事なので、下に受け止める用の安全ネットも張る過保護ぶりだ。もちろん、幼女は魔王の腕に無事抱きついた。
「うぅっ……ダメぇ」
離れるなと泣くリリスの頬にキスをしても、まだ玉のような涙が零れ落ちる。保育園に預けた初日より泣く彼女の様子に、困惑顔のルシファーだが黒髪を何度も撫でた。ぎゅっと抱き締めて背中をとんとん叩いて落ち着かせる。
「ずっと一緒だぞ、リリス」
蕩けそうな甘い声で何度もリリスの名を呼んでやる世界最強の魔王を横目に、ヤンとアスタロトは顔を見合わせて苦笑いする。
これで将来、思春期になったリリスに「パパと一緒は嫌」とか「大嫌い」なんて言われたら、大地を割る騒動になりかねない。そんな思いが過ぎったアスタロトは「今後のことを考えると対策が必要だ」と真剣に考え始めた。
「……我が君がここまでご執心とは」
「大切にし過ぎてて引きますけどね。将来が心配です」
ふとヤンの耳が動いた。外へ向けた耳が聞き取った同胞の声に、喉を鳴らす。伏せていた身体を起こして、ルシファーへ向き直った。お座りして声をかける。
「我が君、そろそろ息子達が戻ってきます」
「うん、今忙しい」
「存じ上げておりますが、兵を労うのは陛下のお役目でしょう」
アスタロトが低い声で忠告した。びくりと肩を揺らしたルシファーが「そうだった」と呟く。目の前の欲望に忠実なルシファーだが役目を放り出す気はない。そしてアスタロトも側近として、彼に放り出させる気はなかった。
魔熊と違い、魔狼は森の中でも足音を立てない。塀を切り裂いたスロープを使って、こちらへ戻ってきた魔狼達は一斉にひれ伏した。
「魔王陛下、砦の占拠が終わりました」
「ご苦労。今日からお前にセーレの名を授ける。今後も励め」
名を告げる儀式に、複雑な手順はない。先代の交代時もそうだが、ルシファーが宣言するだけでいいのだ。セーレの息子改めセーレとなった若いフェンリルは、驚いたように父である元セーレに視線を向けた。頷く父狼に実感がわいたのか、身を起こしてウォーンと遠吠えをした。
「名と領地、群れの継承が終わり次第、ヤンは魔王城の森に住むように」
命じる形でヤンの願いを叶えてやる。これも上司であるルシファーの役目のひとつだった。
「承りました」
「かしこまりました」
セーレとヤン親子が恭しく受けたあと、セーレとなった息子は首をかしげて質問をした。
「ところで、ヤンとは父上のことですか?」
「……言ってなかったっけ?」
頷く魔狼達の様子に、代替わりの名を授ける宣誓を思い浮かべる。確かにセーレと名乗れと告げたが、元セーレがヤンになると言わなかった。
「5代目からの継承と違い、セーレが2人になっちゃうからな。引退後の名を与えてみた」
さらりと忘れていた事実の修正をはかるルシファーに、セーレが目を輝かせた。
「つまり、次の代替わりで私はヤンになるのですね」
「「「え?」」」
アスタロト、ルシファー、ヤンは一斉に首を横に振る。が、嬉しそうなセーレの様子に「こちらも受け継がれそうですね」とアスタロトが呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます