468. 薔薇のガゼボがお気に入り
「お姉ちゃんのお兄ちゃんは、なんで地面にお座りするの?」
「リリス、人に『お座り』を使っちゃだめだぞ」
それは魔獣に使うんだと言葉遣いを直しながら、地面に座ろうとするリリスを阻止する。帰ってきて髪形を直しただけなので、まだピンク刺繍の黒いワンピースドレスを着ていた、そのまま座らせると埃だらけになってしまう。しかしリリスはぶら下がる感覚が楽しいのか、足の力を抜いて腕にぶら下がった。
スカートの裾が地面を擦っているため、抱き上げて左腕に座らせる。右手の魔法陣で汚れを落としながら、まだ正座したままのイザヤに声をかけた。
「このような場所でどうした」
「陛下のお尋ねです。回答しなさい」
侍女長のアデーレが続けて声をかけると、地面に手をついてルシファー達に一礼、続いて後ろのアデーレやイポスに一礼した。礼儀正しさで言えば、勇者アベルよりよほどきっちりしている。聖女アンナの兄だと聞いたが、こちらは家庭での躾が厳しかったのだろう。
長い正座で足がしびれた様子も見せない。
「お話のためのお時間をください。お願いします」
アベルのような流暢さや人懐こさはないが、武骨で実直な感じに好感が持てる。ちょうどリリスとお茶にする予定だったのだから、彼も同席させればいいだろう。
「アデーレ」
「かしこまりました」
心得えた侍女は笑顔で準備に向かう。
「パパ、もう一回ぶらーんをやって」
「今がいいのか?」
苦笑いしながら、両手でリリスをぶら下げる。突き出した両腕に掴まってはしゃぐ幼女のスカートがひらひら揺れるが、イザヤは自分の膝を見つめて顔を上げなかった。ここで顔を上げて、うっかり覗いてしまったら高くつく。幼女趣味でもないので、別段興味もない。
イザヤにとって大切なのは妹アンナだけだった。彼女が安全に過ごせるなら、別に元の世界に戻れなくても構わないと考えるイザヤは、魔王との会談にすべてを賭けている。
「よし、もう終わりだ」
「もう?」
「寝る前にもう一回やるぞ。今はおしまい」
きちんと説明されたリリスは納得した様子だった。しかし続けてくしゃみを2回したので、フードを持ち上げて首筋を温める。
「イポス、リリスの側近達を呼んできてくれ」
「はっ……恐れながら」
この場にはイザヤがいる。彼は文字通り、魔王に弓引いた存在だった。警護対象である彼らとこの男を一緒に残すことに眉をひそめたイポスに、リリスが首をかしげる。
「何が怖いの?」
「リリス、他人の言葉尻を捉えちゃダメだぞ。聞かないフリしなさい」
「ふーん」
納得していないようだが、彼女は疑問を引っ込めた。あとで説明し直すとして、ルシファーは改めてイポスに声をかける。
「構わぬ。武器もない上、余は魔族最強なのだ」
「大変失礼を申し上げました」
4人の少女を呼びに下がるイポスへ手を振り、リリスがルシファーの手を叩く。ぺちぺちと軽い音に彼女を見ると、歩くのだと騒いでいた。おろして手を握れば、嬉しそうにサンダルで歩き出す。よほど気に入っているのだろう。
「イザヤ、ついてまいれ」
仕事モードで声をかけると深く頭を下げた彼が立ち上がる。ふと気になって振り返った。視線が合ったことで、イザヤが固まる。
「妹はどうした?」
「部屋にいます」
「体調が悪いのでなければ、呼んではどうか」
「ありがとうございます。では呼んできます」
いつもの中庭ではなく、謁見の大広間の前にある噴水がある庭へ向かった。以前にキマイラ襲来で壊れた庭は、エルフ達の手で整えられている。以前と噴水の位置は同じだが、薔薇の種類や花の位置が変更され、一部に高低差を取り入れた庭は花の盛りだった。
常に満開の花が見られるよう采配された庭に人工的な要素はなく、ごく自然に花々が入れ替わり咲き乱れる美しい庭だ。芝生と煉瓦のモザイク模様が鮮やかな庭の中央は、細い装飾柱のガゼボが設置されている。備え付けのベンチに合わせ、テーブルや追加の椅子が用意され、クッションが並べられていた。
ここのガゼボは天井部分が
「薔薇のおうちだ!」
リリスにとって、薔薇が作った部屋の扱いになるガゼボはお気に入りだ。ガゼボに使われる薔薇はすべて、棘なしの品種を選ぶほどリリスが頻繁に通っていた。今の時期は、白い薔薇が中心となって甘い芳香を漂わせる。
「どうぞこちらへ」
アデーレが大量のクッションで整えたベンチに座り、肌寒さを感じないよう周囲に結界を張って温度を保った。ピンクの兎耳ケープ姿で、リリスはベンチの上でテーブルに手を伸ばす。大量に並べられた焼き菓子は、薔薇以上の甘い香りでお姫様を魅了した。
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