866. お買い物の法則

 店で買い物をする際は複数の店を利用する。魔王ルシファーが視察に出るたび、側近達に口を酸っぱくして言い聞かされた注意事項だった。


 最初の店で、ルーシアが髪飾りを購入。リリスが欲しがるので簪を1本。続いて別の店で、約束通りアンナの服を購入した。ワンピース中心に数枚、そこでルーサルカが獣人用のズボンを見つけて大喜びで手に取った。ふらりと路上に出て、今度は露天の食べ物をいくつも購入する。


 食べ物は祭りの時と同じで、近くで遊んでいる子供を呼んで分けた。大量にお金を使うのも視察旅行の目的のひとつだ。とにかく市場に金を流通させる必要があるのだから。回らない金は死に金だと言い聞かされたルシファーは、魔王城にいるとお金を使う機会がない。


 個人的な支出が多少あっても、誤差の範囲だった。そのため外へ出ると気前よく使うようにしている。今回もアンナが悲鳴を上げるくらい買い与える予定だった。


 男性用の服屋を見つけ、ふらりと入っていく。ルシファーが身に着ける物はアスタロト達が厳選したオーダーメイドだが、イザヤの服を購入しようと思ったのだ。魔王の来店に沸き立つ店主は、大急ぎでイザヤの前に服を積み始めた。


「あれもこれも、本当によくお似合いです」


 言われるままに5枚のシャツと6本のズボンを購入する。食べ歩きするリリスは、右手に苺飴を持ち、左手の香辛料たっぷりの牛串に噛みついた。お行儀が悪いと叱る者はなく、これが屋台の流儀だと豪快に食べ進める。その姿は、庶民から親しみやすい魔王妃殿下と評判がよかった。


「リリス、髪についてしまう」


 街道沿いの店に置かれた休憩用ベンチに座らせ、手慣れた様子で黒髪を纏めて上に結い上げた。収納に手を入れ、先ほど購入したばかりの簪を刺す。すると取り囲む女性達が「あれはジムの店の簪よ」と店を特定して走っていった。おそらく今頃、売り切れになっているだろう。


 魔王や大公が身に着けたデザインは数が売れる。量産品で値段を落とした物が出回るのだ。以前のブリーシングの銀鎖と同じで、リリスが纏うお飾りも非常に人気があった。今回は簪だ。その騒動で気づいたルーシアが、購入した品を収納から取り出した。


 最初の店で見つけた髪飾りを青い髪に差し込む。代わりに今まで着けていた花飾りを収納へしまった。積極的に商品を宣伝する彼女の姿に、リボンを購入したレライエが翡翠竜の手にリボンを巻く。くるくると巻き終えたリボンを見つめるアムドゥスキアスが頬を赤らめた。


「両腕を縛ってくれても……」


「それじゃただの拘束だろう」


 拘束プレイもいい――うっとりしながらリボンを撫でる翡翠竜の短い左手は、鮮やかな赤いリボンに彩られていた。細いリボンに見事な刺繍がされたリボンも、その後完売になるほど人々が押し寄せる。どの店もなんとか一行に立ち寄ってもらおうと必死だった。


 その声に応えながら、ルシファーは一定の基準で店を選んではいる。きちんと店の看板が提示されており、店頭の商品に値札が付いていること。最低限の基準はそこだ。覗き込んだときに出てきた店主の指先も、ひとつの判断基準だった。


 仕事をしっかりしている働き者の手は、お世辞にも綺麗ではない。リリスのように整えられ、美しい指をした店主の店は入口で踵を返した。衣料品やアクセサリーを扱う店がいくら綺麗にしていても、自分達で製作しない店は後回しだ。


 裁縫をして、貴石や金属を加工して自ら作り出す者の店を優先した。仕入れて販売する店はいくらでも増やせるが、自分達で製作する工房は店が赤字になり潰れると技術が失われる。長い年月の中で、お気に入りの店がいくつも消えていった。


 ルシファーは、物を作り出す手を守りたかったのだ。店選びの法則に気づいたのは、イザヤだった。


「魔王陛下が次に選ぶのは、あの店だと思う」


 アンナにぼそっと告げたのは、外観は古臭い店だった。隣のお洒落な用品店と違い、どこか薄暗い感じがする。その店に吸い寄せられるように向かうルシファーの背を見て、イザヤは「ほらな?」と笑った。

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