865. 散策がてら、雑談が名物を生む
かるがもの親子のように、魔王と魔王妃の後ろに大公女達や護衛が続く。その一番後ろを歩きながら、イザヤとアンナは目を輝かせていた。
温泉街という触れ込みに相応しい賑わいを見せる都市は、大きな中央通りが3本ある。魔族の都市の基本形は円形だ。まれに四角い都市づくりをすることもあるが、中央に管理する貴族家を置いた円形が多かった。温泉街として名を馳せるここ、デカラビア子爵家の領地も同じだ。
中央にある行政区の中に子爵の館があり、丸いケーキを割るように太い3本の大通りが外へ向かっていた。その大通りの先が、すべて外部へ通じる門になる。2つの門の先は街道があり、1つは広い草原に繋がっていた。デカラビア子爵家が神龍一族のため、空を飛ぶ種族の離着陸に使う草原なのだ。
残る2本の街道のうち、片方は隣の大陸へ繋がる大街道に合流しており、残る1本は魔王城へ向かう。転移を日常的に使える種族はおらず、魔王と大公が使う程度だった。緊急時の連絡用に転移魔法陣がひとつ、デカラビア子爵家の隣の行政庁舎に設置されている。
今回リリスが花粉をまき散らした巨大朝顔は、ラフレシアの改良品種だ。観賞用に作られて公園に植えられたくらいなので、大した害は与えない。目に入ると数日痛くて痒いのが欠点だった。リリスが感じた柑橘系の香りは、ラフレシアが虫や小動物を招き寄せていた頃の香りの名残だろう。
現在は一部の女性の間で香水として人気がある匂いらしい。吸血種にとっては媚薬に近い効果があると言われるが、試したことはない。その話を聞いた途端、イポスがいそいそと購入していたのは余談だ。
立派な街の大通りは切り抜いた大きな石が並べられた石畳だった。日本人が想像する石畳は、小さなブロック状に敷き詰めたデザインだろう。しかしさすが魔族、というべきか。神龍が運んだ石は10人掛けのテーブルサイズだった。
1.5メートルの幅で3メートル以上の長さがある石は、綺麗に成形されていない。バラバラの石を組み合わせて、隙間に砂を詰めた作りだった。そのため、大公女ルーシアの細いヒールが時々、石の隙間に引っかかる。躓きそうになり、注意して歩いていた。
「草履があったら歩きやすそうね」
アンナがイザヤに話すと、聞き慣れない単語に目を輝かせてリリスが食いついた。
「ゾウリって何? 教えて」
「サンダルみたいな形かしら。私たちの祖国は和服という文化があって、それに合わせる履物なんです」
「興味深いな、今度アラクネやケットシーに教えてやってくれ」
ルシファーが締めくくったことで、今後の新しい産業創出の名目で試作品を作ることになった。和服についてルーシアやルーサルカも興味を持ったらしく、質問がいくつも飛んでくる。それに答えるアンナが振り返ると、イザヤは翡翠竜と話し込んでいた。
「なるほど、奥が深い」
「女性は美しく輝くお飾りも好きですが、他愛ない日常の花や言葉も大切にしてくれるんです。そういう物を贈ってみたらどうでしょう」
どうやらアムドゥスキアスに、アンナへのプレゼントを相談したらしい。盛り上がる男達をよそに、レライエはひとつ欠伸をした。彼女はお飾りより、その原材料である金や宝石単体で大量に譲り受ける予定なので、あまり興味がないのだ。洞窟いっぱいの宝物は結納金として、もうすぐ彼女の財産になる予定だった。
「ここがいいか」
呼び込みの声につられて足を止め、ワンピースや普段使いのアクセサリーを扱う店に入る。ルシファーが入れば、リリスが当然足を踏み入れる。続いて大公女達や護衛も、ぞろぞろと店内に続いた。最後にアンナ達が入り、店の外に人だかりができる。
魔王と魔王妃のお披露目を兼ねた視察旅行なので、街の住人へ手をふって応える2人を横目にイザヤが呟いた。
「人気があるのも大変だな」
「パンダみたいね」
客寄せの効果もあるし、人気者は追い回される運命なのよ。そう答えたアンナの呟きに「パンダってなに?」と新たな質問が発生し、苦笑しながら身振り手振りで説明した。なお、説明に使われたメモ用紙から、新たな名物として「白黒熊」と名付けたぬいぐるみを量産し、この店が大成功を収めたのは数年後の話である。魔王城にも献上される人気商品となり、大公女達の部屋にも鎮座することとなった。
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