938. 休暇取得命令
空から落ちた人族を大公達が切り刻んでしまったため、魔の森が紅葉したように赤い。魔熊の群れのボスが近づき、ルシファーに申し訳なさそうに頭を下げた。背中に子熊を乗せており、どうやら息子と妻を助けてもらった礼を告げに来たらしい。
「気にするな。それより片付けを頼んでもいいか?」
穏やかに声をかければ、魔熊は恐縮した様子ながら後ろへ下がった。丸くなって頭を擦り付けても、ルシファーより大きい身体をずるずると下げたボスが声を上げると、他の魔熊達が一斉に食料を回収する。
日差しが頂点を過ぎると少し涼しい。彼らもこれから冬眠前の食料確保の時期に突入する。よいタイミングで肉が手に入った。喜んで持ち帰る彼らは、巨体の割りに身のこなしが軽い。足も早く、逃げた人族を捕まえた個体が帰ってきた。
「献上か」
目の前に捕まえた獲物を積み重ね、最終的に下賜されるのが栄誉なのだが……人型の獲物はちょっとグロい。ルシファーは慣れているので、積み重ねられた獲物の山から1つを選んだ。もっとも優れた獲物を持ち帰ったものは、直接褒めてもらえる。選んだ獲物を狩った小柄な雄が咆哮をあげた。
「よかったわね、おめでとう」
リリスの祝福もあり、大喜びで下賜された獲物を咥えた魔熊が下がる。次は魔狼達だ。領域が離れているため、灰色魔狼のセーレはいなかった。代わりにヤンへ挨拶してから、戦利品を積み重ねる。
人族だけではなく、彼らが持っていた装飾品や装備も混じっていた。このあたりは魔獣に用がない品なので、いつもルシファーが回収する。魔王城の倉庫に大量に積まれた品は、こうして増える一方だった。
「また倉庫が必要ですね」
積み重ねられた装身具を眺めて、アスタロトが計算を始める。今回は空きスペースに直接突っ込めば何とかなりそうだが、もう一度襲撃があった時のために建て増すべきだろう。
多少の疲れがあるものの、ルシファーの魔力の巡りは正常に戻っている。平気そうな顔で仕事をするアスタロトの方が重症だった。光の屈折を利用して影で顔色を誤魔化す男の頑固さに、休息を命じなければ動かないと苦笑いが浮かぶ。
「お義父様」
歩み寄ったルーサルカが覗き込む。逃げようとしたアスタロトの手を掴み、ぐいっと顔を近づけた。食い入るように眺めた後、茶髪を揺らして振り返る。
「陛下、父に休みをいただけますか」
「許可する」
「……っ、ですが」
「オレは許可したぞ」
重ねて休めと言われたアスタロトが眉を寄せる。ほぼ不老不死に近い吸血種の王であっても、滅ぼすことは不可能ではない。完全な不死でない以上、心配するのが当然だ。それ以上余計な発言をしないことで、譲歩する余地はないと示した。
「休める時に休めばいいのよ。どうせ1週間もしたら、心配で飛び起きるわ」
前もそうだったもの。肩を竦めたベルゼビュートの言い方は、憎まれ口なのに柔らかい。無言で肩を竦めたルキフェルが、魔法陣をひとつ放った。足元で展開する魔法文字と方向性に気付いて、アスタロトが防御するより早く……。
「寝不足なのに無理しすぎ」
ぼやいたルキフェルの声が終わる前に、アスタロトが膝から崩れる。苦もなく支えたベールが一礼した。
「お見苦しい真似を、失礼いたしました」
「僕達で寝かせてくる?」
「奥様に預けたら、釘打ちした棺にしまうわよ」
ルキフェルがこてりと小首をかしげるが、くすくす笑うベルゼビュートが歩み寄って、顔を覗き込んだ。
隠していた顔色の悪さに眉をひそめ、指先を触れて治癒を施す。血の巡りを正して、魔力も流し込んだ。ここで新たな血の匂いをさせると目が覚めてしまう。吸血鬼としての本能は、本人が弱っている時ほど強くなるのだ。
「私が置いてきましょう」
魔王軍の指揮を放り出して飛んできたベールに、リリスが笑顔で「お願いね」と手を振った。心配そうなルーサルカだが、休暇を取るかと聞いたら首を横に振られた。
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