939. 気づかれると不都合な裏事情
すぐに戻ってきたベールの説明によれば、まるで予知したように中庭にいたアデーレにより、アスタロトは回収されたという。あちこちぶつけて手荒だが、本当に棺に釘打ちして地下牢にしまうようだ。その辺は夫婦の事情なので、誰も口を挟まなかった。
アスタロトを寝かせたのはいいが、今後の対応は残った大公と魔王が行わなくてはならない。文官のトップを休ませると、報告書の処理が後回しになる欠点があった。
「あたくし、書類だけは嫌よ」
「オレだって好きじゃない」
好きじゃないが、魔王の署名がないと動かないシステムだから働くだけ……ふと疑問に思った。この魔族の統治システムはアスタロトが基礎を築いた。つまり、故意にルシファーの署名が必要なルールを作り、仕事をさせたんじゃないか?
魔王なんてお飾りで、玉座に座って謁見してればいいだろう。そもそも人間の国の王族は結構遊んでた気がする。オレが働かないと回らないのは、明らかに仕組みがおかしい。
唸り出したルシファーの様子に、ルキフェルが溜め息をついた。
「気づくのが遅いよね」
「万年単位でズレてるから、国が滅びずに済んでいるんです」
魔族の国を作るにあたり、世界の頂点に立つルシファーを働かせる気はなかった。即位当時はまだ外見も子供で、ある程度好きにさせたのだ。その結果、大陸が真ん中から裂けて間に海が流れこみ、奥の大陸にある山脈が軒並み崩され、最後に魔の森の一角を焼け野原にされた。うっかり空間に穴を開けてしまい、大急ぎで塞いだこともある。
後片付けと復旧に数千年単位の時間を要し、その間にベールとアスタロトは計画を立てた。魔力が豊富な地脈の脈点に堅固な城を築き、そこを魔王城として魔王ルシファーを閉じ込める。ルシファーの強大すぎる魔力を、地脈と相殺しようというのだ。
世界が滅びるか、ルシファーが倒れるか。どちらも選べない彼らの苦肉の策だった。ようやく落ち着いた生活が送れるようになり、この状態を長く続けたいと願った大公の策略で、ルシファーの事務仕事が作られた。
大公3人の署名がないと、ルシファーの署名と同等の効力を発効しないルールも、彼に仕事をさせるための方便だった。見破られたり指摘されるとまずいので、きちんと法制化している。用意周到なアスタロト達の作戦は功を奏し、今まで大きなトラブルなく過ごしてきた。
魔族の平和は、破壊神である魔王ルシファーが平穏な日常を過ごすことで維持されたのだ。魔王史を編纂するルキフェルが気づいたのは1万年前だった。事情を尋ねられたベールが白状したのは数百年後、それからはルキフェルも共犯者である。
「なあ、オレが書類処理を担当させられるのって……」
「ルシファー、お茶飲みたいわ」
すっとリリスが間に入って「喉が渇いた」と訴えた。慌てたルシファーは、血塗れの大地を上手に洗い流し、風で血の臭いを吹き飛ばす。いくらか折れて無残な姿の森にも魔力を供給し、木々の修復を促した。
景色を整える魔王の横で、大公女達が慣れた様子で収納からテーブルセットを用意する。素晴らしい連携を呆然と眺めるベールとルキフェルへ、リリスがウィンクして寄越した。どうやら助けられたらしい。話を逸らしたリリスは事情を詳しく教えていなかった。だが何か察してくれたのだろう。
「僕らもお茶飲んでから帰ろうか」
「ええ、お邪魔しましょう。帰れば仕事が山積みです」
「甘いジャムがあるわよ」
紅茶に果物のジャムを入れるのが好きなベルゼビュートが、好物のベリージャムを取り出す。クッキーがあったと収納に手を入れるルキフェル。養い子にプレゼントされた愛用のカップを用意するベールが、ついでに紅茶の葉も並べた。お茶のポットにお湯を沸かすルーシアとレライエの共同作業が始まり、殺戮現場だった森に穏やかな紅茶タイムが訪れた。
「……空中から物を取り出す姿って、シュールだな」
ぼそっと指摘したアベルだが、イポスは同様に愛用のカップを用意しながら笑った。
「我々には日常だぞ」
くるんと丸まって、魔王と魔王妃のソファ役を買って出るヤンが、のどかな風景に欠伸をひとつ。木漏れ日が揺れる居心地の良い森に、お茶会の笑い声が響いた。
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