940. 落下物の検証は落雷の予感

 落下した人族による森の被害を回復したところで、ベールとルキフェルが帰城を申し出た。ついでなので、収納に放り込んで片付けた荷物を整理して、持ち帰らせることにする。


 ルシファーが空中から取り出したのは、魔狼達が人族の死体から回収した品だった。ごろりと転がる品物の違和感に、ルキフェルが手を伸ばす。拾い上げたのは四角く平らな板だった。見た目は黒く、裏が赤い。何に使うのか分からず、首をかしげて手の中で回した。


「あ、それ! スマフォじゃないっすか?!」


 ちょっと貸してくれと言うので、ルキフェルがぽんと放り投げた。使い道が分からないが、ほかにも同様の品がたくさんある。次に拾い上げたのは、カバンだった。きちんと止まっていなかった留め金が外れ、中身が散乱する。


「教科書!? じゃあ、学生か?」


 聞いたことのない単語を次々と連発し、アベルは慌てて教科書を開いた。並んでいたのは英文で、中学生向けだろう。簡単なあいさつ文のページに、懐かしいと頬が緩んだ。


「何か知ってるの?」


「ああ、っと。知ってます。これは俺がいた世界の物ばかりです」


 興奮した様子でスマフォと呼んだ小さな箱を眺める彼が、そっとくぼみを押した。しかし思った反応がないのか、振り回したり覗き込む仕草をしたあと放り出す。代わりに別の似た箱を拾って同じ所作を繰り返した。


「ダメだ、全部電源が切れてる」


「電源ってなぁに?」


 きょとんとしたリリスが、足元に転がってきた箱を拾って裏返して眺める。何が壊れているのか……表面のすべすべした部分にひびが入ってるから? ひとまず修復したら動くのかしら。魔法を使おうとしたリリスの手を、大急ぎでルシファーが止めた。


「リリス、勝手に弄ってはいけない」


 爆発物だったら危ないし、何より得体の知れない品を拾うのも止めて欲しかった。何かあったら取り返しがつかないだろう。窘めるルシファーに従い、リリスは手にした箱を投げ捨てた。再び興味を持たないうちに、大急ぎでルキフェルが回収する。


 風を駆使して触れずに収納へ放り込むルキフェルに、アベルがひとつ提案した。


「これらの品は現代の……じゃなくて、俺が知る世界の品物だと思います。もし護衛から離れていいなら、アンナやイザヤ先輩と確認したいのですが」


「いいんじゃない?」


「構いません。ベルゼビュートがしばらく護衛に入りますから」


「あたくしは構わないわ。少し目を離すと陛下は騒動ばかり引き寄せるんですもの」


 ルキフェルとベールがあっさり承諾する。転移魔法陣で帰る予定なので、アベル1人くらい増えても影響はない。ベルゼビュートの言い回しにむっとしながら、ルシファーもすぐ許可を出した。


「いいぞ。帰って検証してくれ。他の任務に優先だ」


 今回の人族落下事件の謎が解けるなら、護衛を減らすくらい何でもない。そもそもルーサルカに悪い虫がつかないよう、画策した末の人事なのだ。彼女を他の大公女がフォローすればまったく問題なかった。許可が出たので、アベルはスマフォを弄りながらぼそっと呟いた。


「これって電池切れかな?」


 電源が入らない理由として考えられるのは、電池が何らかの理由で放電した可能性だ。自分が持っていたスマフォは召喚の直後に奪われたが、やはり電源が入らなくなっていた。異世界に落ちた時に放電されたのか、故障したのだろう。


「電池?」


「ああ、電気のことです」


 言い直した途端、リリスが目を輝かせた。すっと右手を持ち上げ、人差し指で空を差す。


「ドカンしたら動くの?」


「ひっ……壊れ、いや、俺が死にます」


 雷のことだと気づいたアベルが青ざめる。確かに雷は電気の塊だが、高電圧過ぎて壊れるし……その前に落雷で落命というダジャレの事態に陥るのは確定だった。残念そうに「ダメなのね」と呟くリリスだが、よく見ると指先をルシファーがしっかり握っている。あの指が振り下ろされると、落雷確定だった。


 体を張って危険を回避したルシファーが、リリスに言い聞かせる。


「雷はオレの許可がないのに使わない、だろ」


 前の約束を繰り返すと、リリスはきょとんとした顔で否定した。


「違うわ、ルシファーがいない場所で使っちゃダメなだけよ」


 微妙なニュアンスのすれ違いに、全員で口々にリリスを説得したのは言うまでもない。魔王の許可なく魔法を使わない――ただし身の危険がある時を除く。当初難色を示したリリスだが、ルシファーが何かを約束した途端、笑顔で承諾した。

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