180. 卒園式のラストは薔薇のシャワーで
「……疲れたぁ」
ぼやく声と同時に、鶏サイズの青い鳥が炎の中から出る。尾羽がまだ短いが、もう少し成長したら孔雀程度になりそうだった。色鮮やかな5色の尾羽をふりふりしながら歩いてくる。
「ピヨ?」
指差しながら首をかしげるリリスと同様、ルシファーも首をかしげた。
「たぶん」
「おそらく、ピヨでしょうね」
アスタロトも不確定な言い方をする。再生した鳳凰は成長すると聞いたが、それが大きさなのか、中身を示した表現かもわからない。ただ、疲れた発言がピヨだとすると……中も外も成長したようだった。
「あ、ママだ!」
ヤンを見るなり全力で駆けて来る姿から、間違いなくピヨの再生後だ。炎の中から飛び出したピヨに焦げた部分はなく、逆に羽毛は艶があって健康状態は良好そのものだった。
「ピヨは話せるようになったね」
リリスがはしゃいで身体を揺する。手を伸ばそうとする娘を抑えながら、ルシファーは目で合図した。溜め息をついたアスタロトが手を伸ばし、ヤンの前で踊るピヨを回収する。ひょいっと摘まれたピヨはきょとんとしていた。
「熱くない?」
「ええ、平気ですよ」
アスタロトの答えを待って、ようやくルシファーがリリスを近づけた。手を触れて、首のあたりから尾羽の手前まで丁寧に撫でるリリスの動きに、ピヨはうっとり目を細める。攻撃的でもないし、今までどおり飼っても大丈夫そうだ。
「燃えてもピヨはピヨだもん」
「そうだな、ヤンの後ろを歩くピヨは可愛いから人気があるし」
観客席の一部を燃やしたが、劇の終演後だったので大した問題ではない。ピヨが大人しく抱っこされているため、リリスは嬉しそうに頬を寄せて羽毛を堪能し始めた。足元でヤンの目が羨ましそうだが、彼はあとでゆっくり撫でればいいだろう。
「中庭に移動するか」
「私は完全に火が消えたのを確認してから追います」
「任せた」
魔法陣を描いて、ヤンもピヨも忘れずに回収する。転移した中庭は……大騒ぎだった。
「ああ! リリスちゃん、無事でよかった」
「リリスちゃん!!」
「ケガしていない?」
取り乱して泣くミュルミュール園長を筆頭に、ガミジン先生や友人達も駆け寄ってきた。あっという間に取り囲まれたリリスは、涙を流して無事を喜ぶ人達に感化されて涙ぐんでいる。
「うん、平気よ。ありがとう」
涙で頬を濡らしたまま笑うリリスに、ルシファーが眉尻を下げる。本来はこういう感動的な卒園式になるはずだったのに、最後がピヨのボヤ騒ぎでいまいち締まらなかった。
「パパ、降りる」
「ああ」
降りると女友達と手を繋いで喜び、次に先生に挨拶をする。今までより大人びて見えるリリスの成長を目にして、ルシファーはほっと肩から力を抜いた。追いついたアスタロトが目立たぬよう近づき、声をかける。
「もう問題はありません」
「ご苦労さん」
労うルシファーが見回す先は、あちこちで次の約束をしている子供達の姿が見られた。もちろん、その中にはリリスと女友達も含まれる。
貴族の子供は、15歳前後まで学校での集団生活の経験がなかった。そのため高等院と呼ばれる学校へ通うまで、家庭教師を招いて自宅で勉強を行う。親同士が親密ならば、幼馴染が一緒に勉強することもあるが、同族が中心となる珍しい事例だった。
卒園する子供達が次に同じように集うのは、高等院へ入学するときだ。
「なんだか可哀想だな」
「ええ。今までは気にしませんでしたが」
複雑な感情を乗せた響きに、主従は顔を見合わせた。小さな子供を集めた学校を作る手もあるが、現実的ではない。人族のように統一された種族ならばいいが、魔族は種族が多すぎた。特徴も違うし勉強すべき内容も異なる。
同じ学校に閉じ込めて、画一的な教育をしても役に立たないのだ。こればかりは政で何とかなる話ではなかった。
「ですが以前と違い、子供同士が友人になっています。きっと休みを使って、互いに顔を合わせるのではないですか?」
今までの貴族は種族ごとに縦割りだったが、こうして幼児期を一緒に過ごすことで絆が生まれた。横のつながりは今後の魔族のあり方を左右するだろう。
「パパ、難しいお話してる?」
「大丈夫だ。どうした? お友達に挨拶は済んだのか」
足元に駆け寄ってきたリリスが無邪気に首をかしげる。まだ女勇者の衣装のままで、結い上げた黒髪が背で大きく揺れた。その頭を撫でてやると、猫のように目を細めて笑う。
「いいの! だってルーシアもアリッサもサリーも、みんなお泊りに来れる約束してくれたもん」
だから今はパパにくっついていたいと腕を回して、ルシファーの足に抱き着いた。
手を繋いで仲良く歩き、感激しすぎて顔が真っ赤になったミュルミュール先生や、担任だった大泣き中のガミジン先生に挨拶をする。お友達に手を振って、卒園式は魔王城の中庭で解散となった。
「卒園式だもん、このくらいいいよね」
そう笑ったルキフェルが、薔薇の花びらを空に舞い上げて散らす。赤、黄、白、青……様々な色が混じった花びらが舞う美しい光景に、誰もが拍手で笑顔を浮かべた。
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