16章 ホトケの顔も三度まで?

181. 人族はまたしても騒動を起こしました

 卒園式で降らせた薔薇のシャワーは、最終的に高くついた。まず温室の中の薔薇をほとんど使ってしまったので、管理者のベルゼビュートに泣かれた。そのうえ、お風呂のときに薔薇を浮かべられなかったリリスをがっかりさせてしまったのだ。


「よし! 薔薇の温室を増やそう!!」


「…………陛下、今は謁見中ですが?」


 人の話を聞いていなかったのかと、ベールが後ろにおどろおどろしいものを浮かべて詰め寄る。自分の考えに浸っていたルシファーは、慌てて表情を取り繕った。


「わかってるぞ」


「わかっておられるのに今の発言、ですか?」


 各種族ごとに代替わりや揉め事があるたび、魔王の仲裁が求められる。面倒だから大公あたりでいいじゃんと思うルシファーだが、やはり箔を付けたいのだろう。仕事の一部として割り切って対応しているが、実際の仲裁案はほとんど文官達が法に照らして決めたものだった。


 言い渡すのが大公で、承認するのが魔王であるというだけ。それでも押しかける魔族は、基本的に純白の魔王が好きなのだ。何だかんだ理由をつけて会いに来るのが恒例になっていた。


「温室については考えておいて欲しい。リリスのためだ」


「……魔王妃候補様のご要望ですね? ならば申請書類を用意してください」


 溜め息をつきながらも承諾したベールに、手続きはきちんと正規の手順を踏めと釘を刺された。先ほど狼系の獣人族のトラブルを解決し、今は次のハイエルフ待ちだ。


 他の貴族に魔王のこの姿を見せずに済んで、ほっとしているベールが書類を捲った。


 魔王による謁見時は大公2名以上が立ち会う。面倒くさい決め事だが、王の威厳を保つために必要らしい。珍しく黙っているアスタロトは、何やら数枚捲った先の書類に釘付けだった。


「どうした?」


「いえ、失礼いたしました。後でご説明させていただきます」


 仕事用の完璧な笑みを貼り付けたアスタロトの整った顔が、ちょっと怖い。面倒事の予感がするが、ルシファーは「そうか」と流した。


上級妖精族ハイエルフ首長、サータリア辺境伯爵令嬢オレリア殿。ご一族の皆様、お入りください」


 ゆったり一礼して入ってくるオレリアは、長い緑の髪が床につくのも気にせずに跪いた。後ろに続くハイエルフの者も同様に床に膝をつく。基本的に柔らかい色の服を好むハイエルフは、一様に整った顔立ちをしていた。


 エルフ特有の長い耳は、大きいほど魔力が強い証だという。もっとも目立つ耳を緊張で赤く染めたオレリアは、次の長となる実力者だった。


「こたびは我ら、魔王陛下への拝謁をお許しいただき…」


「堅苦しい挨拶はよい。何かあったか? オレリア」


 ルシファーが貴族の娘を呼ぶ際は、ほんとどが肩書きだ。本来なら「サータリア家の令嬢」といった呼び名になるが、オレリアの曾祖母はルシファーの養い子だった。


 実は『オレリア』という名はルシファーが与えた曾祖母の名だったが、灰色魔狼フェンリルのセーレ同様に名を親子で継承し続けている。従って目の前のオレリアの母も、祖母も、曾祖母と同じオレリアの名を受け継いできた。


 最強の象徴である魔王に名を賜ることは一族の栄誉と考える種族が多いのだ。彼らにとって授けられた名を代々奉じるのは、至極当たり前らしい。だが名を与えるのはルシファー本人だが、名を考えるのは側近達である。彼のネーミングセンスは壊滅的過ぎた。


 自分の孫のような感覚になる4代目のオレリアを、ルシファーは赤子のときから知っている。彼女が生まれた後、祝福を授けてくれと母であるオレリアに頼まれた日も、そう遠い記憶ではなかった。


「はい。お手を煩わせるのも気が引けることながら、人族の侵入を確認いたしました。我らに討伐の許可をいただきたく、お願いに上がった次第です」


 ルシファーの眉がひそめられる。またか……最初の感想はそれだった。


 寿命が100年足らずの所為か、彼らは僅か数年ごとに侵略して討伐される。魔の森にとって、毎年湧いて出る害虫に近い存在だ。一気に駆除することは簡単だが、彼らも自然の一部である。初代勇者の願いもあり、ルシファーは常に彼らを退けるだけだった。


「ハイエルフの領域か?」


「はい、我らと隣接する地を治めるアルシア子爵領も襲撃されました」


 アルシア子爵はアルラウネ族だ。ドライアドと同じような森の種族だが、女性ばかりの種族だった。人族はアウラウネを「マンドラゴラ」と呼称し、薬の一部として狩る。人は加減を知らないため、存在するすべてを狩り尽くそうとするのだ。


 体内に毒や薬になる成分を溜め込む彼女らは、自らの身を守る戦闘手段を持たなかった。魔族の中ではかなり弱い部類に入る種族だ。引っこ抜く際に絶叫して絶命する特徴があり、その声は人族に有害だといわれるが、ほとんどの魔族には効果がなかった。


「アルラウネか……定期的に狙われるな。領地替えを打診してはどうか」


「残念ですが、以前に打診して断られました。なんでも繁殖に最適な土地らしく、他の土地に移動することで子孫繁栄に差支えがあるとのことです」


「うーん」


 場所的な条件があって移動できないなら、無力な彼女らを守る手段が必要だ。戦力となるハイエルフやフェンリルの領地がすぐ近くに配置されたのは、緩衝地帯に近い辺境の種族を守るためだが……。


 フェンリルもハイエルフも忠誠厚い一族で、毎回使者を立てて討伐の許可を得る。魔王を頂点とするピラミッド型の王政なのだから当然だが、いっそ自由に討伐させてみようか。いやフェンリルあたりは人族を根絶やしにしかねないな。


 考え込んだルシファーの沈黙を、誰もが息をひそめて見守った。

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