995. 残酷とはどちらから見た景色か
襲ってくる魔族のせいで、俺らの生活は貧しい。王様が何度も戦いを挑んで、騎士や兵士が犠牲になって……国が滅ぼされた。神はいないのか?
俺の息子達は3人とも志願して殺されちまった。もう年老いた妻と死んでいくだけ。孫もいないし、人生に希望なんてない。この国だけじゃなく、すべての国が魔族に蹂躙されたと聞いた。
数年前から急に攻める回数が増えた魔族を防ぐ手立てを、誰も知らない。そして魔族の襲撃を知らせる鐘が鳴り……年老いた夫婦は顔を見合わせた。息子の仇をとりたいが、建物ほどもある巨大狼や、翼の生えた強そうな竜に勝つ方法がない。
家の外で聞こえる悲鳴に耳を塞ぎ、恐ろしさに漏れる悲鳴を噛み殺し、一番奥の部屋で震えるだけ。がたがたと家が揺れ、咆哮をあげた熊が突入し、俺は妻を抱き締めた。死ぬときは一緒だ。
「……っ、かみ、さま」
助けを求める妻の声が最後だった。何も聞こえなくなり、恐怖も痛みも感じる間もない。ぐしゃりと叩き潰された夫婦をちらりと確認し、魔熊は次の家に飛び掛かった。
少し先で魔狼や魔鹿も家ごと人族を処理していく。噛んで振り回す必要はなく、みすぼらしい小屋に体重をかけて潰した。わずかに感じる人族の魔力が消えたのを確かめ、次の家に向かう。そこに憎悪はなかった。
数はたくさんある。出来るだけ苦しめずに、安らかな死を確実に与える――大公を通じて周知された命令を遂行するため、魔獣達は大地を蹂躙した。
「村などの集落は魔獣に、中規模都市は彼らに加えてリザードマンやエルフが抑えます。大きな都市に関しては、敵の反撃が予想されるため竜を筆頭とした魔王軍の精鋭を先行させましょう」
ベールの指示は的確だった。組織立った抵抗が想定される場所から強者を配置する。魔獣達は魔法による攻撃に弱く、また冬が近づくこの季節は巣篭もりの準備がある。あまり奥深くまで攻め込めば、冬への備えが間に合わなくなるだろう。
人族の王侯貴族が逃げ込む大きな都は、魔術師による攻撃が想定される。先日から落下した人族の武器も中央へ集まるはずだ。竜や龍のように、鱗で物理的な防御が可能な種族が先頭に立つべきだった。
「教会……」
独特な建物に目を止めたルキフェルがくるりと旋回した。背の翼を傾け、風を操りながら教会の屋根に降り立つ。民がどれだけ苦しもうと疲弊しようがお構いなしで、金を注ぎ込んだ建物だ。神とやらが存在するなら、このような輩に協力する愚者であり、崇められる価値はない。
魔族を悪だと断定し、滅ぼせと命じるのは王族より教会だった。美しく塗装された屋根を、ルキフェルの一撃が破る。破片が落ちた先で悲鳴や怒号が響いた。
「僕、ここで遊んでいくよ。ベールはどうする?」
「先に王城へ向かいます。滅ぼす国が点在しているので、手間が掛かりますからね」
害虫の巣穴が散らばって退治に時間がかかる。そんな溜め息まじりの苦笑に、ルキフェルはひらりと手を振った。
「わかった。じゃあ後でね」
「ええ、わかりました。お待ちしています」
互いに気遣うセリフは不要だ。圧倒的な強さを尊ぶ魔族の、上位者として君臨する大公が人族を潰す掃討戦に出る。気をつける要素はなかった。強いて言えば、油断をしなければいい。だがアスタロトがいれば、油断して何か不都合がありますか? と笑っただろう。
庭に現れた蟻の群れを踏み潰すのに、多少足を噛まれたとして油断したと嘆く人がいるか? その程度の敵だった。ベルゼビュートなら敵と呼べる実力者なんていない、と頬を膨らますかも知れない。
付き合いの長い彼らの言動を想像し、ベールは口元を緩めた。足元に開けた屋根の隙間に飛び込むルキフェルを見送り、背後に続く神龍族を率いて王城の城壁に立った。
「魔王に弓引く者らを駆除しなさい」
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