994. 着飾ることは戦の作法です

 転移した魔王軍が丘に並ぶ。リリスが誘拐された事件以降も何度か招集されたため、彼らに混乱はなかった。様々な種族がいても、それぞれに役目が決まっている。空から襲うのは翼ある種族の独壇場で、地上を駆けて殲滅戦をするなら魔獣が最適だった。


「陛下はいらっしゃらないのか」


 残念そうなセーレの呟きに、隣の魔熊も鼻をひくつかせてから頷いた。


「そのようだ。今回の獲物は献上せずに持ち帰ってよいのか」


 疑問が浮かぶ。魔王が臨席すれば、彼の前に獲物を並べて一番を決めてもらう。その者も含めてお褒めの言葉を賜り、獲物も山分けだった。魔王妃リリスがいれば、彼女に献上すればいいが……残念ながら姿はない。


「大公閣下でもよいが、今回はなしだろう」


 大規模作戦となれば、獲物を献上して検分する時間が足りない。頷き合う魔獣達の視線の先で、4人の大公は攻め込む場所を奪い合っていた。


「だから、こっちはあたくしが行くわ」


「ずるい。僕もそっちがいい」


 ベルゼビュートとルキフェルが争う。ベールは当然ルキフェルの肩を持ち、アスタロトは勝手に自分の取り分を決めた。


「ここは私がいただきます」


「アスタロト、協調性という言葉を知っていますか」


「ええ、もちろんです。今の我々にぴったりですね」


 どの口がそれを言う。後ろに控える魔王軍の将軍サタナキアやエドモンドは顔を見合わせるが、余計な発言は控えた。最高の仲裁役魔王陛下不在の現場で、下手に口を挟めば「うっかり」処分されかねない。空気を読む能力は、魔族でも必須で重宝がられる才能だった。


「アスタロトが東の海沿い、ベルゼビュートは北から西のこの国まで。ルキフェルは私と一緒に残りを担当しましょう」


 今回の最高司令官に任命されたベールは、己の取り分をルキフェルに譲ることで納得させる。唸っていたルキフェルだが、ベールの仲裁には従う。頷いた彼の頭を撫でたベールが、後ろの魔王軍に視線を向けた。


 リザードマンのような戦士の一族は統率が取れているが、普段は参戦しない種族も混じっている。各種族ごとに命令系統を確認する必要があった。その辺の調整はアスタロトの得意分野だ。心得た様子で動くアスタロトを見送り、愛用の剣を取り出して確認するベルゼビュートに釘を刺した。


「陛下のご意向で、残虐な方法は禁止です。いいですね。必要以上に苦しめないこと」


「いやぁね、わかってるわよ。あたくしは吸血鬼王と違って理性的な精霊女王よ」


「精霊女王だから心配してるっての」


 ルキフェルがぼそっと呟く。吸血種族は愉悦のために人を弄びからかう。しかし精霊はもっとたちが悪いのだ。悪気なく人を惑わして壊し、放置した。これは種族特性なので仕方ない部分もあるが、しっかり言い聞かせる必要があった。


「戦いの記録は陛下に報告しますので、気をつけてください」


 むっと唇を尖らせたものの、ベルゼビュートは頷いた。愛用の剣を空中で風に預け、パチンと指を鳴らして戦闘服に着替える。胸元が大きく開き、背中はほとんど素肌が見えていた。鮮やかな赤いドレスは扇情的に白い肌を彩り、ピンクの巻毛に映える。ぴたりと体のラインを強調する布が薄く張り付いた足は、腰に近い位置までスリットが入っていた。


 腰に金の鎖を使った飾りベルトを揺らし、胸元にも黄金の首飾りをした。魔王ルシファーと戦う魔王チャレンジで得た褒賞のひとつだ。これを着けるのは、機嫌が良い証拠だった。


「僕も着飾るかな」


「血で汚れます」


 手を竜化させて引き裂くか、魔法陣で戦うか。そう問われたら返り血を承知で素手を使う。ルキフェルの性格をよく知るベールの注意に、青い髪を揺らして首を傾げた。


「うん、汚れるからいいんじゃない」


「なるほど。私の軍服のようなデザインはいかがですか」


 きっちりと禁欲的に襟をしめた己の姿を参考にしては? そう提案したベールに、ルキフェルは目を輝かせた。お揃いだとはしゃぎながら、以前に誂えた軍服に似た衣装に着替える。魔法陣を使って一瞬で衣替えする大公達を前に、魔王軍の興奮も高まった。

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