294. 魔王軍、ついに集結

 わざわざ待たせてまで着替えさせたのだ。あの地下室で、リリス嬢は何らかの危害を加えられたのだろう。足元に倒れていた4人のお取り巻きも、打撲や切り傷、火傷があったと報告を受けている。


 治癒したルキフェルが聞き出したところ、転移魔法陣で呼び出された地下室で、魔術師が伸ばした手を弾いたルーサルカが叩かれた。倒れた彼女を癒そうとしたルーシアが炎球で焼かれ、助けようとしたレライエが風で切られる。危険を感じてリリスを庇ったシトリーが杖で殴られたという。


 まだ子供である彼女らを平気で傷つける人族の低俗さに、吐き気がするほどの怒りを覚えた。リリス嬢が着替えたのは、人族に危害を加えられた痕跡があったのだろう。


 優しさが優柔不断に見える魔王が、王都の人口を確認してもなお滅ぼす選択をした理由は、リリスを含む魔族の子供達を守るためだ。


 奴らは必ずまた同じことを繰り返す。人族の歴史を調べれば明白だった。学習能力のない種族を野放しにする危険性は、考えるまでもない。


 コウモリを眷属に持つ吸血種族は、高周波による通信が可能だ。魔族の中でもっとも正確で速い通信能力を誇る種族の長は、返事を受けて口元に笑みを浮かべた。


 これですべての準備が整った。


「陛下、ご報告申し上げます」


 臣下としての態度を明確にしたアスタロトが、報告を始めた。魔王軍は治安維持を除き半数の部隊が集結、ベールが指揮官として就く。魔獣達を統括するため、ベルゼビュートがその任にあたる。城はルキフェルが守ることになった。


「別途参加を希望したのが、イポス、ヤン、ピヨ、鳳凰となります。いかがなさいますか?」


「イポス、ヤンの参戦を認める。ピヨと鳳凰は城に残せ」


「承知いたしました」


 戦力となり足手纏いにならぬ存在だけを呼び寄せたルシファーは、白い髪を掴んだリリスがじっと黙っていることに気づいた。口を挟まず、右手を口元に当てている。小さな音が響いて眉をひそめた。


「リリス、爪を噛むな」


「うん?」


 自覚がなかったらしい。強く噛んだ指先が赤くなっていた。撫でる手で治癒を施し、きょとんとしたリリスの頬にキスをする。常に守られてきた彼女にとって、今回の誘拐や暴力はよほど怖かったのだろう。無意識に自傷する姿は痛々しい。


 ルシファーの背に、ばさりと黒い翼を広がった。鳳凰との戦いで傷ついた翼を含め、6枚もの翼を出したのは人族への怒りの強さか。消えていく命への追悼か。アスタロトは主の心境を推し量るように目を細めた。


「魔王軍がそろい次第動くぞ。魔獣には転移魔法の使用を許す」


 緊急時の対応として、魔獣を転移させる許可をだした。にっこり笑ったアスタロトが送った通信により、転移の使える種族が援護に入るはずだ。


 眼下に広がる都は夕暮れの赤から、夕闇の青に染まっていく。ぽつぽつと灯りがともる街は賑やかさが増した。夜の騒ぎは昼間のざわめきよりも遠くまで届く。


「今夜限り、見納めの景色ですね」


 表面上は笑顔を浮かべるアスタロトだが、内心ではルシファー同様怒りに駆られていた。今すぐに人族を引き裂いて興奮を鎮めたい気持ちが湧き上がる。


「アスタロト……ベールがくる」


 12枚の羽のうち半分を解放したルシファーが感知する範囲は広く、ほぼ魔の森を網羅する。見知った魔力が転移する気配に口元を緩めた。右手を振って魔法陣を生み出すと、王都が見渡せる丘の上に転移する。


 魔王の魔力を目的地として設定したベールが、数歩離れた芝の上に現れた。


 長い銀髪を後ろで緩やかに結いあげ、普段のローブではなく軍服に身を包んでいる。指揮官としての立場を示す勲章が胸元に光った。禁欲的に首まで止めた服は黒と見まごう赤が基調となっており、金の飾りがアクセントだ。


 魔王軍の大半を動かす戦争でもなければ見せない軍服姿で、優雅に膝をついた。後ろで翻るマントが風に躍る。帽子はかぶらず手に持っており、胸元に抱えて頭を下げた。


 彼の後ろに展開する複数の転移魔法陣により、大群が一度に現れる。丘の下まで続く人の群れに、驚いたリリスが目を見開いた。


 槍を持ったケンタウロスや巨人、弓矢を背負ったエルフ、剣を下げた騎士や獣人が並ぶ。角、翼、蹄、鱗、尻尾や耳に至るまで、外見的特徴が豊かな魔王軍が集うと壮観だった。


「お召しと伺い、魔王軍総指揮官としてはせ参じました。地上軍は第一師団、第三師団から第五師団を動員。第二師団は治安維持を担当、近衛師団は城の護りを命じております。水軍は待機、空軍は総動員いたしました」


「ご苦労」


 労うルシファーの前に並ぶのは、総勢10万にちかい軍勢だった。これでも魔王軍全体から見れば半分ほどだ。これを2つの都に分けて同時侵攻させる予定だった。

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