295. 余に勝利を捧げよ
ルシファーが頷くのを待って、アスタロトが魔王側近として口を開いた。
「魔王妃候補リリス姫ならびに側近4人の誘拐に対する対抗措置として、人族の王都および南の都を落とす。騎士や魔術師の抵抗を削いだ上で殲滅、数百人規模の討ち漏らしを出して情報戦を仕掛けること。ベール大公による軍総指揮のもと、2つの都を制圧せよ」
「かしこまりました」
恐怖とは、逃げ延びた人々の体験を語る口から伝播する。魔族に対する恐怖を植え付け、他の都の統治者が愚かな行動を起こさぬようけん制する必要があった。どこまで行っても『魔族は人族を滅ぼす気はない』のだ。報復と同時に、数を減らして管理することが目的だった。
「パパ、ベルちゃんが違う格好してる」
いつもと違う服に注目したリリスが、白い髪をくいっと引いた。こわばっていた表情を和らげて、ルシファーがベールに立ち上がるよう指示する。近づいて手が届く位置になると、リリスは厳しい顔をしたベールの帽子に手を触れた。数回撫でて、目を瞬かせる。
「恰好いいね」
これから起きる惨劇を理解していないのか。リリスは無邪気にそう口にした。
整然と並んだ魔王軍は過剰戦力だが、さらに魔獣達が転移により送り込まれてくる。魔法陣が浮かんでは消える光の明滅を繰り返し、
「あ、ヤン! イポスも」
リリスが顔見知りを見つけて嬉しそうに身を揺する。ベルゼビュートと共に転移した彼らは、すぐさま駆け寄って身を伏せた。大きな体を平たくしたヤンがリリスの無事な姿に目を潤ませる。
「申し訳ございませぬ。我がリリス姫をお守りできず、このような事態となり……」
責任を感じていたのだろう。魔王城の城門を守ってきたヤンにとって、己の職場だった場所で護衛対象である姫を誘拐されるなど、命がけで詫びる事件だった。それでも死を選ばなかったのは、リリスの無事を確かめたい一心なのだ。
「ヤン、護衛の任を改めて申し付ける。そなたもだ、イポス」
ずっと行儀見習いや法、種族の特性について急ピッチで勉強してきたイポスは、輝く金の髪をきつく結い上げている。姫の専属騎士として己を磨いた彼女が、この事件を聞いて志願したのは当然だった。
ルシファーの下知に、ヤンもイポスも最上級の礼で答える。
「リリス、しばらくオレは忙しい。ヤンとイポスと一緒に待っていてくれるか?」
「……やだ」
イポス達を見つけて腕から飛び降りそうなほど喜んでいたリリスが、むすっと唇を尖らせて首を横に振る。首に回した手に力を入れて、首筋に顔を埋めてしまった。
護衛のためにヤンとイポスを呼んだというのに、これでは身動きが取れない。困ったと思う反面、嬉しさにルシファーの頬が緩んだ。彼女の安全を後方で確保したいが、このまま連れていても構わないと心が揺れる。
「陛下、魔獣もそろいましてございます」
報告するベルゼビュートが優雅に一礼する。精霊女王である彼女にとって、森の中での転移はほぼ魔力も使わぬ簡単な作業だった。しかしこの都周辺に森はなく、かなり魔力を消費したのだろう。すぐ動ける魔獣をかき集めた彼女は疲れた表情だが、豊かな胸を誇らしげに張った。
「ご苦労、ベルゼ……魔獣の指揮は一任する」
「承知いたしました」
にっこり笑うベルゼビュートは美しい艶のある紺色のドレスを揺らして、数歩下がった。白い肌を際立たせる煽情的なドレスは、彼女の淡いピンクの髪も引き立てる。見えそうで見えない際どいラインの服は、下品になるギリギリ手前だ。
ふっと足元に影が出来た。見上げた空は満月に後2日を残す、歪な月が浮かんでいる。強い風が運んだ雲が、月を覆い隠し始めていた。このままならば、明日は早朝から雨だろう。
視線を落とした先、地上で瞬く星に似た人の営みが沸騰した感情を誘う。ひときわ明るい王城の豪奢な塔を睨んだルシファーが声を張り上げた。
「久方ぶりの人族狩りである。牙を、爪を、己のもつすべてをもって余に勝利を捧げよ!!」
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