676. 元聖女は曰く付きにうっとり

 サンドウィッチの尖った先を口先に差し出され、ルシファーは素直に口を開く。ぱくりと齧った残りを、リリスが食べた。羨ましそうに見つめるルシファーの前に、再び食べ掛けが差し出される。目を輝かせて口に入れ、幸せそうに笑った。


「リア充滅びればいいのに」


 アベルが息をするように呪詛を吐く。一時期親しくなった兎獣人の彼女に「なんだか物足りないの」という意味不明な言葉で振られたばかりなので、事情を知る者達に哀れみの視線を向けられていた。見せつける魔王様カップルがよくない。しかしルシファーやリリスにとっては日常なので、他人を傷つける自覚はなかった。


「それで、幽霊の話だっけ?」


 スコーンを割りながらルシファーが首をかしげると、ルキフェルが向かいから身を乗り出した。彼の口元はお菓子の粉がついており、苦笑いしたベールが拭いてやる。美形同士のやり取りだが、どう見ても親子そのものだった。外見年齢しか知らなければ、兄弟にも見える。


「どうやって消したの? それと、どうしてリリスにだけ見えるのか……」


「落ち着いて、ロキちゃん」


 にっこり笑って、リリスは髪飾りに手をやった。そこには先日加工を依頼した『ブリーシンガルの首飾りの銀鎖を使った髪留め』が揺れる。呪われただの、曰く付きだのと悪いイメージが先行する元首飾りだが、美しい赤い宝石が飾られた銀鎖のアクセサリーに過ぎない。


「この銀鎖があるから、見えたのだと思うわ」


「それで曰く付きの品を出して欲しいと言い出したのか」


 納得した様子で、紅茶の上に魔法陣を乗せるルシファーが頷く。レモン絞りの為だけに開発した魔法陣の上にレモンを置き、数滴落として避けた。紅茶の色がすっと薄くなる。そこに金のスプーンを添え、上に薔薇の形の砂糖を乗せたら完成だ。リリスの前に差し出した。


「ありがとう、ルシファー。皆も装着したら見えるはずなのよ」


「多少危険なのもあるから選ばないといけないな」


 うーんと唸りながらルシファーが収納の口を開く。あれだこれだとケースを選んで引き出し始めた。ブリーシンガルの首飾りの残り、パンドラの箱、ハルモニアの首飾りに死を呼ぶヴァレンティーノの指輪、ドラウプニルの腕輪、アンジェリカの指輪……出るわ出るわ、次々とアクセサリーが並べられていく。


「綺麗ね」


「拳より大きな宝石なんて見たことないわ」


 少女達が無邪気に喜ぶが、ベールに呪われた魔王の王冠に似た機能を持つアクセサリーもあるため、触れないように言い聞かせた。頷く彼女らだが、食い入るようにアクセサリーに目を向ける。


「ライ、私の財産も大きい宝石入ってるから! ちゃんとあげるからね」


 なぜかレライエの膝の上の翡翠竜は必死でアピールを始める。アクセサリーを無造作に積むルシファーの無神経さに、呆れ顔のアスタロトが途中から宝石を並べるケースを取り寄せ、その上に丁寧に並べ始めた。紫色の宝石が埋め込まれた指輪に、ベールが首をかしげる。


「こちらは……3万年前に行方不明になったヴィーヴルの指輪では?」


「それを言うなら、この耳飾りはエスメラルダの涙でしょう。5万年前に紛失して城中を探しました」


 ベールとアスタロトが呪いの品の名を並べ始めた。最終的にルシファーの収納から見つかった曰く付きの品は、数十点に及んだ。魔族の長い歴史を考えると少ないが、そもそも呪われたり曰く付きになる品はアクセサリー以外にも存在した。


 座ると立ち上がれなくなる椅子や二度と開かないカーテンなど。大した実害はないが、放置するには危険な品がたくさんある。羽織ると意識が乗っ取られる上着を見つけたルシファーが「これは燃やしたはず」と呟いた。


「ああ、そちらは確かに私が燃やしました」


 ベールが同調したことで、アベルの顔が引きつる。しかしアンナとイザヤは身を乗り出して見入った。怪談やホラーが本当に好きなのだろう。腕に装着したら窒息する黄金の腕輪や、首を絞める首飾りを眺めながら「曰くを調べて一覧表を作ったら素敵」とアンナはうっとり目を閉じる。元聖女様は危険な趣味をお持ちのようだった。。

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