301. 2本足で歩く魔力のない害獣

※多少の残酷表現があります。

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「化け物め」


 その罵りに、ベールの顔に笑みが浮かんだ。整った顔、月光のような銀の髪、澄んだ青い瞳、どれをとっても目の前の男より端正だ。人を惑わす魅了を備えた幻獣の化身は、わざと己の外見を誇るように微笑んで見せた。


 思わず頬を染めた女は、教会の関係者なのだろう。聖女を名乗る女と似た衣装で何かを呟いて邪念を払おうとした。その無駄な努力に、ベールはくつりと喉を震わせた。


「我々からすれば、人族の方がよほど化け物ですがね」


 同族を犠牲に他種族の子供を召喚し、実験と称して魔力を搾り取ろうとした。この話はすでに魔族中に広まっている。今回の騒動が魔王軍を挙げての殲滅戦となった原因は、攫われた子が魔王妃候補とその側近であったことにある。


 しかし他の魔族の子が攫われたとしても、魔王軍も上層部も救出に動いた。魔族は長寿な種族が多いため、自然と子供の数は少なくなる。子供は貴重な宝であり、種族存亡の要だった。


「幼子を攫って魔力を搾り取ろうなど……心ある者ならば考えることすら唾棄すべき事態です」


「そんなのは嘘だ!」


「でっちあげに決まっている」


「攻め込む理由を作ったんだ」


 権力者の言葉は信じるくせに、耳に痛い真実は目を逸らす。本当に醜くて自分勝手な種族だとベールは笑みを深めた。こんな種族でも、魔王は救おうとしていたのに……愚かにも自ら墓穴を掘ったのだ。魔王の最大の禁忌であり、もっとも大切にしている珠玉を奪おうとした。


 逆鱗に触れるだけでも怒りは収まらないのに、逆鱗を剥ぐような暴挙だ。


「逆に問いましょうか」


 静かなベールの声に、5人は顔を見合わせる。月に雲がかかって、再び地上に影が落ちた。


「なぜ人族を滅ぼすのに理由が必要だと考えるのか……魔王陛下の恩情で見逃された獣風情を滅ぼすだけなら、理由は陛下の感情ひとつで足りるのですよ」


 それゆえに現状があるのだ。魔王ルシファーが滅ぼすなというから残しただけで、滅亡させて構わないと言われれば、種族ごと地上から排除してみせる。他の種族から賛同が得られこそすれ、反対の声は上がらないと確信できた。


 ベールからすれば、人族は2本足で歩く獣でしかない。魔族と魔物の境目が『意思の疎通』にあるなら、人族は魔物側だった。言葉を話すが意思の疎通はできない、魔力の少ない害獣だ。


 心底不思議だと考えるから、声色に素直に感情が乗った。言われた5人は顔色を赤くしたり青くしたり忙しいが、ベールが揶揄したのではなく本音で疑問に思っていると伝わったらしい。


「私たちは必要な恵みを、森から受け取っているにすぎません」


 聖水の臭いを漂わせる女は必死に語り掛ける。まるで話せばわかるとでも言いたげな態度に、ベールは首をかしげた。


「必要な恵み? あなたがたが引っこ抜いたアルラウネ……ああ、人族はマンドラゴラと称するのでしたね。彼女らは植物ではなく、魔物でもありません。意思の疎通が可能な魔族であり、他者に危害を加えずに生きるアルラウネを惨殺して、恵みを受け取ったと表現するのですか?」


 惨殺という表現に、神官らしき女性は息をのんだ。


蛇女族ラミアは女性ばかりの穏やかな種族です。沼地から出ず人を襲うこともしない。にも拘わらず、迷い人を装った人族の男に生きたまま皮を剥がれ、鱗を奪われ、尻尾を斬りおとされました。これでも恵みを受け取ったと?」


「うそっ……そんな……」


 青ざめた女性が慌ててベルトを外した。震える手が握るベルトは鰐の革に似た素材だ。おそらくラミアから剥いだ皮や鱗を使ったのだろう。このような装飾品のために、生き地獄を味わったラミアを思うと痛ましさに拳を握っていた。突き刺さった爪が肌を傷つける。


「生存に不要な贅沢のために狩りをして、罪のない魔族を惨殺し、宝である子供を攫ったくせに……被害者ぶるのはやめていただきましょう」


 丁寧な口調だからこそ恐怖を煽る。震える女神官の膝が崩れ落ち、庇うように前に出た剣士の剣先が震えた。無知を理由に暴力を振りかざすなら、自分が狩られる立場になることも想定すべきだ。己の血で汚した爪をぺろりと舐めたベールが、ゆったり足を踏み出した。

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