80. パパはリリスを嫌いになったの?
パパとお昼寝するのは大好きだ。ぎゅって抱っこしてくれる腕は優しいし、頭を撫でてくれるのも、頬にチューしてくれるのも好きだった。いつも通り一緒に横になって、ふと目が覚める。
――――パパが大きな鎌を持っていた。草を刈る時のもっと大きいやつで、パパより大きい。それをリリスへ向ける。怖かった。だから泣きながらパパを呼んだのに、何も言ってくれない。
いつも笑ってくれるパパは怖いまま、リリスを嫌いになったの?――――
泣きながら起き上がると、パパが慌てて手を伸ばす。近寄られると「怖い」って叫んだら、パパの右手が血だらけになった。真っ赤になった手は痛そうで、こないだの傷より酷い。それでもパパは手を伸ばす。
リリスが「やだ」「怖い」って言うたび、パパは赤い傷だらけになった。それが嫌で、叫んだところから覚えていない。ただ何もかも怖くて、周りがすべてリリスを嫌いだってわかった。ぴりぴりと肌が痛い。
背中が痛くて、頭が重い。もうなんだか分からなくて、泣きながらパパを探す。
突然、いつもの優しい声が聞こえた。
「大丈夫だ、パパの腕に戻っておいで」
声が聞こえるのに、パパが見えない。もう怒ってない? 怖い声ださない?
「……パパ、パパっ」
必死で呼んだら、また声だけ聞こえる。周りはぴりぴり痛くて、何も見えなくて、不安で涙が零れた。こんな怖い世界は嫌だ。
「パパはここだ。ほら……手を伸ばして」
いつものパパの声だった。見えないけど、パパの言葉を信じて手を出す。ぱちっと指に痛みが走って、ぎゅっと抱き締められた。
温かくて優しくて、安心できる……ああ、パパだ。お風呂やヤンの毛皮みたい。柔らかいものに包まれて、強張った身体から力を抜いた。
「いい子だ、このままお休み。パパが傍にいるから、もう怖くないよ」
パパの優しい声だけ信じて、重くなる瞼を下ろした。
ふわふわする感じで目が覚めた。怖い世界はなくなっていて、パパの白い髪が見える。艶があって綺麗なパパの髪は純白で、なのに今日はあちこち短い。伸ばした手で触れた髪は途中から切れてて、パパの顔も傷だらけだった。
「起きたか? リリス」
にっこり笑ってくれるパパは優しい。怖いパパじゃない。
ほっとして笑うと、本当に嬉しそうにパパは目を細めた。肌も髪も目も、全部お月様の色をしてるパパ。身体を包んでる光みたいなのもお月様色で……なのに変な感じ。
抱きついたパパの腕の中でもそもそ動くと、慌てて体勢を変える。落としそうになったと慌てるパパの横から、アシュタが手を出した。支えてもらってパパを上から下まで見ると、お月様色があちこち足りない。
「パパ、痛い痛いなの?」
ご飯の時のお手手は黒かったけど、反対のお手手も黒い。あと背中の黒いのも大きくなってて、身体のあちこちが黒くなっていた。お月様色が全体を包んでるはずなのに、半分ちかく黒い。そして赤いケガの痕が見えた。
「ここも、こっちも……痛い?」
さっきの肌が痛い感じを思い出して、パパも同じなのかと思う。不安でアシュタに顔を向けると、首を横に振ったアシュタが頭を撫でてくれた。
「大したことありませんよ。この人は少し懲りた方がいいんです」
よくわからないけど、アシュタもパパも笑ってくれる。釣られるように笑うと、パパが頬ずりしてキスをくれた。
大丈夫、いつもと同じだ。
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