1159. 派手にやったなぁ

 せっかく直したんだがな……崩れた瓦礫を前に、ルシファーが溜め息をつく。ベリアルの報告を受けてから2時間、手出しできない戦場が中庭を中心に繰り広げられた。


 止める方が危険なので放置したルシファーは、反省して地面に座る3人を見下ろす。普段と逆で、なんだか奇妙な感じだ。


「修理の手配は任せた」


 オレはやらない。それだけ言い残し、ルシファーは半壊した建物を見上げる。魔王城の本城は修復機能が働いたため、現時点で大きな損壊は見られない。問題は隣の塔と研究室があった一角、その先の文官が詰める執務棟だった。


 貴重な銀龍石を使った魔王城が無事なので、今回の工事は早く終わるか。被害金額の見積もりは最優先事項だな。唸りながら悩むルシファーの後ろで、ドワーフ達が歌いながら片付けを始めた。彼らには新しい仕事であり、破壊されてしょげるより盛り上がる。次に建てるデザインを考えながら、壊れる塔を眺めた親方は、一際機嫌がよかった。


「今度こそ五重塔にしますぜ」


「それは却下だ」


 以前も建てた後でやり直しになった案件だが、なぜか親方が気に入って固執していた。やりたいならドワーフの里に建てて欲しい。説得を兼ねて口にした途端、集まった職人達が一斉に首を横に振った。口々に説明する彼らの話では、奥方達に叱られると言う。喧嘩っ早くて力持ちのドワーフを管理し震え上がらせるのは、いつでも妻達だった。


 五重塔は諦めてもらい、以前と似た細長い塔を注文する。後ろの3人はまだ立ち上がらない。振り返り、反省中の大公達に肩をすくめた。


「オレだけに働かせるのか? さっさと自分達の役割を果たせ」


「ですが……暴れすぎました」


 ベールが悲壮な顔で告げる。隣のルキフェルも泣きそうな顔をしていた。無表情のアスタロトはやばいな。ルシファーは近づいて、地面に座った。いつも叱られる側なので、つい正座してしまい、慌てて胡座に直す。


「アスタロト、休暇明けでまだ出仕の挨拶がなかったんだが」


「……申し訳ありません」


 やっぱり気にしているようだ。こちらが無傷なのだから、気にしなくていいと言ったのに。ルシファーはアスタロトの手を掴んで、自分の膝に置かせた。前のめりになって距離が近づく。


「間違えて斬りかかったり、手足を斬り落とすくらいは何度もあっただろう。反省したらそれ以上は必要ない。今すぐ普段通りに働け」


 気にするなと言っても気にするのがこの男だ。気遣わしげな視線を向けるベールに、ルキフェルと後片付けをするよう命じて立ち上がった。座ったままのアスタロトの腕を掴み、強引に引っ張る。そのまま無事に残っている大木の根元まで連れて行き、並んで腰を落とした。


 さきほど……ルシファーがアデーレやベリアルと顔を見せた時、まだ戦いは佳境だった。盛り上がっており、水を差すのも危険だから見物を始める。ルキフェルは竜化しており、巨体を生かして大暴れ。アスタロトは剣を抜き、ルキフェルと正面から対峙していた。結界を張って危険を回避するベールだが、アスタロトの攻撃のとばっちりで理性が吹き飛ぶ。


 髪の一部が焦げたと怒りを露わにし、アスタロトに攻撃した。獲物を取られると勘違いしたルキフェルがベールに炎を吐き、それを防いだベールの隙をついてアスタロトが反撃……この状況はまずい。ルシファーがそう感じた時には遅かった。ルキフェルの尻尾が叩いた塔が崩れていく。ドラゴンブレスやアスタロトの攻撃を受けて脆くなっていた塔は、あっという間に瓦礫になった。


 この辺りで止めに入ることになり、ルシファーがルキフェルを捕まえ、門番から加勢したアラエルとヤンがベールに攻撃し、アデーレが夫を後ろから殴ったところで、ようやく喧嘩は一段落した。


 この時点で大公3人の喧嘩……という名の憂さ晴らしは、魔王城に隣接する建物を半壊させていたのだ。止めに入ったルシファーを認識する前に攻撃したアスタロトは、敬愛する主君に刃を向けてしまったと浮き上がれずにいた。


「攻撃のひとつやふたつ、騒ぐな。よくあることだし、昔はオレの首を切り離しかけたじゃないか」


 懐かしい思い出を口にしながら、傷一つ残っていない喉を指で撫でる。その所作に目を見開いた後、アスタロトは大きく息を吐いて苦笑いした。


「そうでしたね。首を落としても生きていましたっけ」

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