1158. 殺害未遂事件だと?
中庭でドラゴンが暴れている。その報告を聞き流したルシファーは、手元の書類に唸った。この請求額はすこし高すぎないか? 以前に壊した魔王城の客間の再築分なのだが……緊急性が高い工事ではないのに、割増料金が加算されていた。この部分は削除して再請求させるべきだろう。
割増部分に二重線を引いて、理由を示すように書き足した。差し戻した書類にきちんとした理由が添付されれば、この金額でも認める。そう示した書類を返却箱にいれる。
ドンッ、激しい振動で城が揺れた。
「誰だ? 騒いでるのは……」
中庭の半分ほどは見えるのだが、テラスで目を細めても全容が掴めない。先ほど聞き流した、暴れるドラゴンだろうか。ルキフェルが対処するだろう。ベールも一緒にいたし、オレが出るまでもないな。
振り返った部屋の中で、積みすぎた書類が崩れる。手を伸ばして支えて戻したところで、ノックの音が響いた。
「入れ」
追加の書類かと思ったら、休養で漆黒城へ戻っていたアデーレだ。斜めになった書類の脇に短刀を刺し、雪崩を食い止めてから駆け寄った。
「もういいのか? 体調はどうだ。そういえばアスタロトも休養するように言いつけたが……」
「陛下、落ち着いてください」
穏やかな口調の彼女に頷き、ひとまずソファを勧める。現時点ではまだ復職しておらず、アスタロト大公夫人として対応した。ルシファーが座るのを待って斜め向かいに腰掛けたアデーレは、順番に話し始めた。
「休暇をありがとうございました。きちんと休めましたので、楽になりましたわ」
「それは良かった。あの時は助かった」
みしっと壁が鳴る。まだ外では暴れているようだ。静かにするように命じた方がいいか? ルシファーが外を気にした様子に、アデーレはくすくす笑う。慌てて彼女に向き直った。
「悪い」
「いえ、大丈夫ですわ。夫にも休みを頂きましたので、久しぶりに夫婦揃ってゆっくりしましたの」
「アスタロトはどうした?」
「下に来ております。そう……外でルキフェル大公閣下が暴れておりましたけれど、何かございましたか?」
「軽い爆発事故があって、奴の記憶が少し混濁したくらいか。まあ問題はない」
軽く受け流したルシファーは、問題ないはずの記憶の欠落が原因で騒動が起きたことは知らない。一方のアデーレは、ルシファーの答えから事情を知っていると判断して頷いた。足りない言葉は、ときに誤解を増長させるものだ。
「そうでしたか。ベール大公閣下もおられましたし、すぐに収まりそうですわね」
「ああ……ん?」
何かが飛んできた。城のテラスに当たって銀龍石を砕いた物体を確かめようと立ち上がったところに、侍従のベリアルが飛び込んできた。
「魔王陛下っ! ルキフェル様によるアベルの殺害未遂があり、ベール様が仲裁に入り、アスタロト様が暴れ出しました」
順番通り、出来事を説明した。「大変です」などの無駄を省いて、淡々と感情を交えずに報告されたのに意味が分からない。眉を寄せたルシファーの隣で、アデーレはベリアルに尋ねた。
「殺害未遂とは? ずいぶんと物騒な表現ですが」
「あ、はい。ルキフェル様の記憶が混濁しておられ、人族と日本人の区別がつかないのです。その状況でルキフェル様の目の前をアベルが横切りまして、攻撃を仕掛けられました。焦って逃げるアベルを追撃するルキフェル様を、ベール様が必死に止めたのですが……なぜかアスタロト様が乱入なさって。さらに混乱しています」
やっと理解できた。ほっとしながらルシファーは状況を飲み込み、青ざめた。そうだ! ルキフェルは人族排除派で、日本人との記憶も人族全滅の話も知らないんだった!!
「申し訳ない、アデーレ。また後で話をしよう」
「私も参ります」
立ち上がる魔王を追って、アデーレも足早に廊下に出る。おろおろしながら先導するベリアルの尻尾は、股の間に挟まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます