382. 魔族を喰らう森
「こちらの書類もお願いします」
無慈悲に書類を積み重ねた側近を、ルシファーは恨めし気に見つめた。左腕に抱き着いて眠る赤子と同じ色の瞳を持つ側近は、血の臭いを漂わせて微笑む。どうやらリリスを狙った罪人を処分してきたらしい。気づいているが、気づかぬフリで溜め息を吐いた。
「これとこれ、こっちもだ。オレの押印じゃなくても足りる内容だぞ」
「おや……きちんと目を通しておられたのですね」
聞きようによっては失礼な言葉だが、ルシファーは「一応な」と返した。魔族最高権力者としての魔王の承認印が必要な書類は、全体の1割以下だ。ここ数日極端に書類が増えたが、増えた分がそっくり文官や側近の担当分だった。
呼びつけた文官へ、指摘された書類を渡す。分担して各部署へ仕分けするよう申し付けた。残された書類の山にアスタロトは新しい紙束を乗せる。見るからに分厚い書類は、家名がずらりと並んでいた。
「これは?」
「ベールと私の申請書類です。魔の森を回復させるための魔力供給に関わりますので、早く許可を出してください」
リリスがぐずるように声を上げて、ぱちりと目を覚ました。アスタロトに手を伸ばして「だぁ!!」と何かを求める仕草をする。書類を読むルシファーの向かいで、そっと指を差し出した。きゅっと掴んだ小さな手が、指を揺すって上下に振られる。
リリスは掴むことが楽しいらしく、指や髪を掴んで身体を揺する仕草が多かった。機嫌よく遊んでいるリリスを横目で確かめたルシファーは、目を通したリストに眉をひそめる。
魔力が多い種族を中心に並べられた名に不満はない。だが、魔力供給量が明らかに異常な種族が
「ドラゴンの負担が大きくないか?」
「こちらをご覧ください」
別紙として添付されていた資料を確かめ、ルシファーが考え込む。罪人をただ殺してもメリットがないため、折角だから魔の森に全魔力を供給させる手段が記載されていた。
家名が記されたリストの魔力供給量は一般的な数値だが、別紙に個体名が指定された魔族の供給量は生存を脅かすレベルだ。明らかに処刑を示すリストだった。
「処刑以外の罰が見当たらないんだが……」
懸念材料はここだ。ベールとアスタロトがさりげなく隠そうとした部分を読み解いたルシファーの爪が、とんとんと書類を叩く。全員を殺す必要はないだろう。そう告げる魔王へ、側近は不思議そうに首をかしげた。
「リリス姫を害された魔王陛下のお言葉とは思えません。いつからそんなに慈愛溢れる存在になられたのですか?」
嫌味に聞こえるほど、公式の丁寧な口調で諭された内容が響く。左腕のリリスへペン先を揺らして見せると、彼女はあっさりアスタロトの指を離した。揺れるペン先を追いかけた指が、なんとか掴んでぎゅっと強く握る。
幼くなった最愛の娘が失われた可能性が
この子を害した存在を生かす必要性は、頭の中から消える。圧倒的な魔力により魔族を服従させる魔王が、今さら僅かの慈悲をかけたところで何も変わらなかった。世界が変わりかけたのは、彼女が失われそうになった瞬間だけ。あの恐怖を思い出せば、何も感情は動かない。
「余談だった。忘れろ」
切り捨てたルシファーは、リリスが飽きたペンでサインを施して押印する。20枚ほどの資料がついた申請書類を側近へ返した。処刑対象となる魔族の個体名や家名は記されているが、処断内容については空欄になっている。故意に書かなかったのだろう。
記入がない欄は署名後に書き足すつもりなのだ。狡猾な側近の思惑に気づきながら、ルシファーは指摘しなかった。そして魔王が言葉を飲み込んで指摘しない事実を、アスタロトは理解して書類を受け取る。
「任せる」
残酷な処刑方法を好む彼らの嗜好を知りながら、ベールとアスタロトに任せる。森がしばらく赤く濡れるだろうが、それもまた『魔族を喰らう森』の名に相応しいと口元を緩めた。
「るぅ! うー!!」
リリスが自分の指を咥えて騒ぐ姿に、ルシファーは慌てて机の上のベルを鳴らす。廊下に控えていた侍従のベリアルに「離乳食だ、りんごと南瓜を用意させろ」と命じた。
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