381. 詮議という名目

※多少の残酷表現があります。

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 捕らえたドラゴン種を前に、アスタロトは笑みを絶やさない。敬愛する魔王を襲い、その腕に守られる魔王妃候補の赤子を狙った男の罪は重かった。この男の命ひとつであがないきれぬほど……。


「命乞いをする気なら早めにお願いしますね」


 ここまでは魔王の側近であるの管轄だ。一応自白を促したという形は残しておく必要があるだろう。むっと口をつぐんだ男の表情に「そうではなくては」と声に出さず呟いた。


 アスタロト大公領を覆う魔の森の一角に、まるで広場のようにひらけた場所がある。以前も逆凪の原因となった勇者を自称する人族を引き裂いたり、ワイバーンの群れを駆逐した場所だ。


 血の臭いが染みついた一角に、魔の森は木々を生やすことはなかった。魔の森は未だに膨張を続けて外周を拡大しているのに、手を加えなくとも残された赤い大地の上に男を転がす。転移魔法陣で運んだ咎人とがにんに近づき、アスタロトは赤い目を細めた。


「命乞いなど許す気もないが……お前が丈夫な種族で助かった。は手加減が苦手だ」


 口調が変わると同時に、ぞくりと背筋が凍るような殺気が周囲を満たす。魔の森に満ちていた動物や魔物の声が、ぴたりとやんだ。


「……詮議するんじゃないのか」


 だから話すまで殺せないはずだ。そう告げる目の前の男を縛る鎖を、ぱちんと指を鳴らして消し去る。本能的な恐怖に羽を広げ、龍の大きな身を顕現させた男が口を開いて威嚇した。その堂々たる姿は神龍族の中でも上位に入るだろう実力を示す。


「情報など、死体から取れる」


 にやりと口角を持ち上げて笑ったアスタロトへ、龍が作り出した風が襲い掛かる。神龍族は火、水、風とそれぞれに好む力を身につけるが、この男は風を操るらしい。鋭い風の刃を全方向から見舞い、最後に風を圧縮して上から叩きつけた。


「油断するからだ」


 勝ちを確信した龍の後ろで、退屈そうな声が響く。


「なぜ勝てると思うのか」


 振り向こうとした龍の背に巨大な風がぶつかった。背骨を折る激痛にのたうちながら、龍は森の木々をなぎ倒して地に落ちる。長い龍体の中央を折った竜巻を消しながら、アスタロトは右手に愛用の剣を呼び出した。


「俺の上に立つは、魔王ただ一人」


 無造作に振るった剣が龍の身体を切り裂く。尻尾の先を落とされ悲鳴を上げて暴れるたび、森がざわめいた。近づく魔物の気配に、アスタロトが笑みを深めた。


「来るがいい。お前らに餌をやろう」


 纏う殺気をおさめ、龍の身を魔力の網で縛り付ける。アスタロトに敬意を示して身を伏せた魔熊と魔狼の前へ、斬りおとした龍の尻尾を放り投げた。魔力豊富な龍の肉に、目を輝かせる魔獣へ許可を与える。


「やめ、ろっ」


 己の身が目の前で切り裂かれ、魔獣達に分け与えられていく。本体を殺さぬよう手心を加えるアスタロトの残酷さに、神龍族の男は必死に訴えた。本体が龍なのだろう、苦痛にのたうつ男は人型に戻らず龍体のままだった。


「やめろ、話す! なんでも……話すから!! 魔王の……」


「お前が口にしてよい御名ではない」


 怒りの表情が一瞬だけアスタロトの殺気を引き出す。怯えた魔獣を宥めるように、ひとつ深呼吸して感情を抑え込んだ。


「先ほどと同じ答えで悪いが、情報など死体から取れる。お前の口は不要だ」


 冷たく突き放した直後、アスタロトの虹色の刃が振りかざされる。怯える龍の口を裂き、目を貫き、喉を突いた。ばらばらに切り刻まれた肉に群がる魔獣達に「後片付けは任せます」と穏やかに声をかける。


 ぐるると唸って平伏した魔獣の足元で、魔の森が龍の魔力を吸い込んでいく。さきほど暴れた龍に折られた木が芽吹いて、元の大木としての姿を取り戻した。乾いた砂が水を吸い取るごとく、魔の森は龍の魔力を強欲に吸収する。


 剣を赤く濡らした血を指で掬いあげ、得た情報に表情を緩めた。


「なるほど……ベレトは、アガレス侯爵家も抱き込んでいましたか」


 魔王の敵を見逃すことはしない。アガレス侯爵家直系の血に濡れた口元を歪めたアスタロトは、まだ明るい空を見上げた。己の金の髪を明るく照らす日差しに目を細め、くつりと喉を震わせる。


「さて、そろそろ戻らねば……の仕事が増えてしまいますね」


 必死で書類仕事を片づけているはずのルシファーを思い浮かべ、返り血や臭いが残っていないのを確認してから、魔王城の中庭へ飛んだ。

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