983. 日本人のうち1人は腐っていた

「私……秘密にしてたけど、の」


 突然の告白の意味がわからず、ルキフェルは眉を寄せた。青年姿の彼の前に立つのは、異世界から召喚された元聖女アンナだ。彼女の言葉は通じるのに、意味が通じない。


「意味がわかんない」


「そうね。でも絵を描いたのは私よ。問題あるのかしら」


「……絵自体は問題ないかな」


 リリスの絵姿は空想の産物ではない。実際に見た光景を描くことに不敬罪や罰則は適用されなかった。このあたりは法治国家に近い魔族の仕組み上、咎める法がないのだ。


「では何が問題なの?」


「噂の出所と内容」


 うーんと唸って絞り出した答えに、アンナは大きく頷いた。情報源を知りたいのだろうと表情を緩める。


「私にいろいろと教えてくれたのは、アデーレさんとルカちゃんよ」


 アスタロトの身内じゃん。がくりと肩を落としたルキフェルの前に、申し訳なさそうにお茶を差し出すのはイザヤだ。最近になり一生懸命絵を描く妹に尋ね、ようやく隠れ腐女子という存在を知った。可愛いだけの妹でいてくれない杏奈に複雑な気持ちもあるが、それでも愛しているから許せてしまう。


 周囲に迷惑をかけたのなら、そこは解決するなり謝罪が必要だろう。器用さを生かして焼いた菓子を並べた。無意識に手を伸ばし、焼き菓子を口に放り込む。


「おいしい」


「よかった。持ち帰ってくれ、包んでおく」


 申し訳なさから土産を用意する兄に、アンナは苦笑いした。こういうところ、お母さんそっくりだわ。そんな感想を知らないイザヤは、妹のカップに紅茶のおかわりを注いだ。


「やたら詳細な情報が城下町で流れたから、調べにきたけど、ひとまず問題ないと報告しておく。次から流す前に相談して」


 毎日、魔王城へ出勤してるんだから。そう告げるルキフェルに、アンナはきちんと約束した。魔王に関する噂はよく聞いたから、勝手に話してはいけないと思わなかったのが原因だ。知っていれば次から注意すればいい。その点、アンナの約束は信用できた。


「僕は帰るね。あ、そうだ……頼みがあるんだけど」


 立ち上がりかけて思い出す。座り直したルキフェルは、焼き菓子を食べながら紅茶を引き寄せた。


「落下した人族事件、知ってる?」


「はい」


「大量に落ちてきて、各地に被害をもたらした話だったか?」


 頷いたルキフェルが紅茶を一口飲み、ふわりと香った花の甘さにほっと息を吐いた。


「落ちた人族の中に言葉が通じないのが混じってて……試しに聞いてもらえる? 髪色が薄いのに魔力がなくて変なんだよね」


 この世界の法則は、白に近い薄い色ほど魔力が多い。しかしほとんど魔力のない人族なのに、色の薄い奴が落ちてきた。何か聞いてみようとしたが、言葉が通じない。暗号か方言かと思ったが、他の人族と話す姿を見て、どうやら知らない言語らしいと判断したのだ。


 異世界人なら知っている言語かも知れない。一縷の望みに近いが、気になる謎の解明に届くなら試してみようとルキフェルは考えていた。


「わかりました」


「出勤したらすぐに向かいますわ」


 頷いた兄妹であり夫婦となった2人に手を振り、ルキフェルは城の中庭に転移した。その手には、お土産に持たされた焼き菓子がある。


 ベールと分けて食べよう。そういえば、アンナが奇妙なお願いをしてきたけど。僕とベールの絵を描きたいとか……出来たら見せてもらえばいいか。明日は少し研究が進むかな。今日のうちに、捕まえた人族の様子を確認しておこう。


 ルキフェルが出会った人族はすべて森の養分や死体にした。ベルゼビュートも同様だ。しかし魔王軍の精鋭達が6人を無傷で捕らえた。


 城門へ転送された人族は持ち物を全て外した上で、新たに用意した服を着せて地下牢に確保されている。城門番のアラエルに挨拶をしようとしたら、今日は休みだった。ようやく1ヶ月経ったので、婚約者で番のピヨを火口へ迎えに行ったらしい。


 階段をおりた先で、薄暗い明かりが灯された廊下を通り抜け、5つ目の牢の前で足を止めた。

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