984. 獣か人か、重要な分類の場で

 こちらに何かを話しかける男女は、全体に色が白い。にもかかわらず、魔力はゼロに近かった。世界の法則から外れた存在だ。これが偶然の産物なのか、空から降ってきた異物か。分類しないと対応が決められないね。


 言葉が通じないから魔物に分類して、引き裂いて解剖してもいいけど。ルシファーに確認前の処分がバレたら後で怒られそうだし……ルキフェルは何かを叫ぶ男女の元気そうな様子に肩を竦めた。


「明日になれば解決するんだから」


 すでにアベルに会わせたが、彼は自分じゃ言葉が通じないと言った。その時の口ぶりでは、言語自体は知っているが、自分は操れないという意味に聞こえた。ならば、アンナとイザヤに話をさせてみる。それで通じなければ、魔物ということで処分しよう。


 出来るなら、話が通じない方がいいな。くすくす笑って、唸り声や唾を飛ばして早口で威嚇する人族を見下ろす。白い肌に金髪や青い瞳を持つ者、黒い髪と乳白色の肌を持つ者、目も肌も髪もすべて黒い者……合わせて6匹の獲物に、ルキフェルはくるりと背を向けた。


 大声で叫んだ声は、意味がわからなければ獣の咆哮と同じだ。ただ、よくない意味の言葉を使ったんじゃないかな? くすっと笑って足元に小さく雷を放つ。ぱりぱりと音を立てて閃光を放つ稲妻に、慌てた人族は牢の奥へ逃げ込んだ。


「ホントに馬鹿、怯えるくらいなら逆らわなきゃいいのに」


 整った外見に見合わぬ残酷さを秘めた青年は、後ろでひとつに結んだ髪を尻尾のように揺らす。階段を上る足取りは、下りより軽やかだった。






「……英語じゃないけど、ヨーロッパ系の言語ね」


 翌朝出勤したアンナは、さっそく牢の人族と対峙した。使えるのはフランス語を少しと英語のみ。両方試したけれど、フランス語は首を傾げられた。英語は多少反応があるものの、会話まで至らず。彼らが捲し立てる言語は、濁音が多く混じることからドイツ語かしら? と当たりをつける。


「文法は同じだと思うの、でも単語や発音が違うんだわ」


 諦めて兄イザヤと日本語で会話を始めたアンナに、黒髪の女性がぎこちなく話しかけてきた。


「あの……えと……、日本、少し……わかる」


「日本語が話せるの?」


「ちょと……」


 促音と呼ばれる「っ」が発音できない。顔立ちからしても外国人だけど……日本語が聞き取れる人がいるなら、同じ世界の出身者である可能性が高かった。アンナは間を遮る鉄格子から手を伸ばす。


「危ないよ」


「汚れるぞ」


 ルキフェルとイザヤがそれぞれに注意する。立場や人族への認識の違いが、注意する言葉に変化をもたらした。ルキフェルにしたら落下して他人の領地を荒らした挙句、助けてくれたリザードマン達に牙を剥く恩知らずの獣風情だ。しかしアンナやイザヤは、同じ世界の人間と考えた。


「お兄ちゃん、この人たち同じ世界みたいよ」


「ああ。それより裾が汚れてるぞ」


 普段から自宅で洗濯や掃除を担当するイザヤは、どうでもいい他人より可愛い妹のスカートの裾が気になる。まだ出勤したばかりなのに、スカートが泥で汚れてしまった。ハンカチで汚れを落とそうとするイザヤに、ルキフェルが苦笑いする。


 イザヤは必要か否かの判断がはっきりしており、考え方が魔族に近い。誰でも手を伸ばして助けようとするアンナやアベルの方が、理解しづらかった。ある意味、ルシファーに近いが……魔王として君臨した彼は最優先で魔族を取る。ある程度の公平性はあれど、順位付けはしっかりしていた。


 異世界の人は甘い考えが多いみたい。分析するルキフェルは、魔法陣をひとつ取り出した。


「イザヤ、これをあげる。今回のお礼だけど……手を出して」


 素直に手を出したイザヤの中に魔法陣が吸い込まれた。

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