804. 隣は何する人ぞ

 窓から離れの様子を見ながら、イザヤが苦笑いする。魔王ルシファーが、アベルを助けたというのは本当らしい。純白の魔王は十数人の女性を連れて、誘われるまま離れの中に入っていった。


「挨拶に顔を見せるべきかしら」


「必要なら、アベルが何か言ってくるだろう。未婚女性の告白祭りなら、相手のいる俺が向かうのは違う気がする」


「そうね、私も相手がいるからここにいるわ」


 互いを示しあって笑うと、大きな窓にレースのカーテンを下した。実はこちらの世界にきて、家を借りて最初に探したのがカーテンなのだ。厚手の光を遮るカーテンは据え付けられていたが、レースのカーテンがなかった。あちこち尋ねて、ルーシアがアラクネ経由で手配してくれた。美しい織模様が作る影が気に入っており、お金に余裕ができたら別の部屋にも購入したいと考えていた。


 ソファやテーブルは元から家についていたので、新しく購入した家具は少ない。代わりに小物や衣服にお金をかけることができたため、とても助かった。あちらの離れも同じような状態なのに、花模様のベッドはさすがに嫌だとアベルが交換を申し出た。


 小さな出来事を思い出しながら、そっと窓に手を押し当てる。アンナの指先が少し冷えた頃、イザヤがその指先を引き寄せた。ソファに並んで座り、ハーブが生えた庭を眺める。


「アベルも素敵なお嫁さんを貰えばいいわ」


「魔王様に任せておけば、安心じゃないか?」


 魔法が使えるようになり、徐々に生活は便利になっている。前世界の生活が不自由に思えるほど、魔法は便利だった。イザヤより魔力量の多いアンナが家事を担当するのは、そういう意味合いもある。


 テーブルの紅茶ポットにお水を作り、一瞬で沸騰させた。茶葉を入れたポットにゆっくりお湯を注いで、少し蒸らす。カップを浄化し綺麗にしてから、紅茶を注いだ。ハーブティも含め、この世界のお茶は種類が豊富だ。商店で説明したら、緑茶やほうじ茶もあった。


「この世界に来て、本当によかった」


「俺もだ」


 前世界なら兄妹での結婚は出来なかった。この世界でも近親婚には一定の制限がある。その抜け道を探してくれたのが、オレリアだった。ハイエルフの直系で「オレリア」という特別な名を受け継ぐ彼女は、一族の外から愛する人を選んだから、結婚が難しいことへの理解がある。


 種族として最低数を割った場合に、種を守るための方法として近親婚が許される――数代経て人数が増えたら、他種族との混血が条件だ。特例として法に記載された一文を見つけ、オレリアはすぐに知らせてくれた。今でも仲のいい友人だ。


「オレリアにもらったお菓子があったわね」


 指先で風を操って呼び寄せる。魔法陣に魔力を注ぐことは出来るが、アンナは魔法ばかりだった。魔法陣を組み立てるのが難しいのだ。これから数十年も時間があるなら、ゆっくり覚えればいいと思っている。お菓子を食べながら寄り添っていると、外からノックの音がした。


「何かしら?」


「俺が出る」


 魔王城の城下町ダークプレイスは、治安のいい街である。魔王軍の兵が定期的に巡回していることもあり、いきなり魔法をぶっ放される心配はなく、玄関を開いた。


「アベル?」


「ちょっと、時間いいですか? 先輩」


 困惑顔のアベルが離れを振り返る。離れの玄関先で10人ほどの女性がこちらを見ていた。ルシファーが連れてきたアベルに惚れた女性達である。


「俺はアンナがいるから」


 断る。そう告げたイザヤに、食い気味でアベルが「アンナちゃんも一緒に!!」と腕を掴んだ。ただ照れているだけの状況ではないと判断し、イザヤは了承した。

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