803. アベル、お前もか!

 大急ぎでアベルが戻った先で、アンナを背に庇うイザヤの姿があった。数人の獣人達が彼女を口説こうと話しかける。本来は男性宅へ女性が出向くイベントだが、獣人系は恋愛に積極的らしく押しかけたようだ。


「なるほど、これの酷い状態で救われたんだ」


 兄であるイザヤが一緒のためか、獣人達に暴走は見られない。近くに咲く野の花を摘んで、足早に間に分け入った。


「これをブローチ代わりにして」


 説明を後回しに花をアンナの胸元へ飾った。ブラウスの胸ポケットに花が飾られると、獣人達は残念そうに帰っていく。まさに魔法のような効果だった。


「おかえり」


「ただいま、イザヤ先輩。そんな目で見ないでください。怖いっす」


「アベル、お前もか」


 横から現れて求婚者を追い払ってくれたのはいいが、今度はお前が敵かと睨むイザヤと挨拶してくれたアンナを敷地内へ戻した。後ろ手で敷地の門を閉める。


「説明しますから、中へ」


 元は獣人の住まいだった。一夫多妻制度をとる獣人にとって、第一夫人も第二夫人も同様に大切な存在だったのだろう。屋敷の元主人である獣人が作った母屋と離れの間は、美しい花の咲き乱れる庭園がある。魔王城の庭とは手入れ具合が違うが、自然のハーブや香草が多かった。


 庭のベンチまでくると、アベルは先に座る。


「悪いけど、足がもうがくがく」


 追いかけっこがハードだったので、足の付け根から足の裏まで、全てが痛かった。身を投げ出してベンチの端で「疲れた」とアピールするアベルの隣にイザヤが座り、続いてアンナが腰掛けた。白いブラウスの胸元には、ピンクの花が揺れる。


「じつはオレもさっきまで、魔族の女性に追い回されてたんですよ。未婚で恋人募集中の女性が、意中の男性を口説き落とすのが、星降祭りらしいっす」


「え? てっきり流星があるのかと……」


「花火をするんじゃないのか」


 アベルの説明に、アンナとイザヤが声を上げる。隠語の意味を知らなければ、そう解釈するのが当然だ。アベルだってそうだった。星降とは、天上に輝く星を持ち帰るのは難しいが、今夜だけ星が手元に降りてきてくれる――そう解釈するロマンチックなイベントなのだ。


 大まかな趣旨を改めて説明し、アベルはさっき渡した花を指さした。


「アンナちゃんが花をつけてないから、独身で恋人募集だと思われたんです」


 今後もあるので、慣習を含めた説明を簡単にすませ、アベルはほっと息をついた。


「私は花をつけていないから、門を出たら声をかけられたのね」


「すぐに用意する」


 敷地内には幸いにして、前の獣人が植えた花が咲き誇っている。生花をいくつか手折り、器用に茎を絡めてからイザヤが差し出す。受け取ったところで、今度は門でベルを鳴らす音がした。


「お客様?」


「あ、魔王様だ! さっき助けてもらって……そんへんの事情はあとで」


 ニヤニヤしながら門へ向かうアベルを見送り、イザヤとアンナは顔を見合わせる。未婚者のお相手探しならば、このお祭りへの参加は無理だろう。購入したばかりの家を振り返り、彼女らは手を取り合って、母屋へ戻った。


「はい」


「入れてもらえるかな?」


 戯けた口調で首を傾げる純白の魔王へ、アベルは一礼して離れを示した。まだ何も用意していないが、お茶ならすぐに用意できる。


「どうぞ」


 召喚されてすぐに拝謁のマナーだと言われて覚えさせられた作法は、配下が王に対する物だった。足を引いて挨拶したアベルの姿に、後ろの女性達の期待は高まる。婚活はどの世界でも盛り上がるのが常……離れに通された女性達は、彼が苦労して手に入れた一軒家を興味深そうにチェックした。

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