1304. 魔族を敵視する存在?

 夕食後の入浴中、ルシファーはいつも通りリリスの黒髪を洗っていた。彼女がお気に入りのハーブオイルが入ったリンスをよく馴染ませ、軽く温風を当てて染み込ませる。優しく流し始めたところで、リリスが「あっ!」と大声を上げた。


 お湯が熱かったのかと心配したルシファーへ、リリスが振り返りざま手をついた。問題箇所なので、直接的な表現を避けるが……まあ、大事な場所にぐいっと体重をかける形になった。


「っ、ちょ……リリス、落ち着け」


 リリス以上に慌てふためいたルシファーが、リリスの重さを地の魔法で無効化して事なきを得る。ルシファーの痛みと魔王様の魔王様が膨張という悲劇は生み出したが、リリスはまったく気にしなかった。ある意味、この2人にとって通常運転だ。


「何があった?」


「あのね! 今日の脅迫文、最後にアシュタが持ってたの、あれ、小説の一文だけど少し違うのよ」


 違和感があったのよね、そう付け足しながらリリスは大人しく髪のリンスを流される。洗い終えた髪をそのままに、平然と湯船に浸かるリリスを後ろから抱き締めて、ルシファーは話の先を促した。


「何が違うんだ?」


「あの文章、魔族を片っ端から殺すって書いてあったじゃない? でもね、小説だと通行人を殺すと脅してるの。出店の前のカフェコーナーの話だもの」


 城下町を含め、大きな都市によく見られる場所だ。通称カフェコーナーと呼ばれており、大きな広場の周囲に出店が並ぶ。中央部分を開けてそこに各店が用意したテーブルセットを置く。出店で買い物をした人は、自由に机を使える仕組みだった。店の規模により用意するテーブルセットの数が決まるため、買った店のテーブルを使う義務もないのが便利だ。


 この世界に合わせて書かれた小説なら、魔族を片っ端から殺す表現は確かにおかしい。イザヤの性格上、無用なトラブルを起こす文面を使わないだろう。何より、魔族という括りで話すことはなかった。誰かを憎んだとしても種族名や翼ある者、など特徴を含んで話すことが多い。


 魔族全体を敵視するとなると……人族くらいしか思いつかないが。彼らはつい最近壊滅状態にしたばかりで、新しく生まれた子もまだ子どもだろう。いくら害虫並みの繁殖力を誇ろうと、数年で魔族に攻撃を仕掛けるほど数が増えるはずがなかった。


「魔の森は眠りかけで情報が入らないの。でも小説のトリックを使っておいて、文面を弄るなんて失礼よ!」


「ああ、そうだな」


 相槌を打ちながら、その場合の失礼は脅迫文として使うことそのものではないか? と思った。だが指摘すると意味不明の反論が長く返ってくるため、ルシファーは流す。湯に浮かべた花びらを沈めたり、千切って匂いを出すリリスはざばっと湯を切って立ち上がった。


「きっと悪い奴だわ! 私が成敗してやるんだから!!」


 そう言い置いて出て行った。揺れた湯がかかった顔を拭うルシファーの鼻から、赤い血が伝う。目の前でいきなり立ち上がるから、いろいろと近距離で見てしまった。刺激が強すぎる。鼻を押さえて血を洗い、ルシファーは苦笑いした。


 リリスらしい。小さい頃から変わらなくて、だが色々と変化した。お転婆で真っ直ぐで可愛らしい。彼女の気が済むまで、探偵ごっこに付き合うとするか。


 自ら魔法で髪を乾かすリリスは、アデーレが用意した保湿用のハーブ水をペタペタと肌に塗り広げていた。香りが気に入ったようで、愛用している。手入れが終わると本を手に立ち上がった。


「ルシファーも読んで勉強してね」


 ベッドに潜り込みながら、リリスは本を押し付ける。作者名に記号に似たトリイのマークが入った小説は、恋愛と推理が混じったという新作だろう。素直に受け取ったルシファーは読破した後、朝まで考え込んだ。


 ――人族が蘇る可能性って、どのくらいだ?

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