1047. 食べても栄養失調
オレリア達に話を聞く時間もなく、隣のテントに案内された。不安顔のアンナに、イザヤが穏やかに声をかける。
「問題ないさ。何かあっても魔王様や大公様が解決してくださる」
「そうね。ええ、そうよね」
自分に言い聞かせるアンナが、ゆっくりと大きく深呼吸した。落ち着かせるために笑みを作る。ぎこちない表情だが、笑顔になったことで気持ちは軽くなった。
「そこまで緊張する事態ではありません。ではこちらへ」
案内された先で、アスタロトが数人の魔族相手に血を抜いていた。手に注射器らしき物を持っていないのに、並べられた試験管へ指を触れて血を流し込む。右手の指が触れた相手の血を、左の指が触れる試験管へ。事務的に作業を行う吸血鬼王は顔をあげ、残った人数を確認した。
「あと5人ですね」
余りに淡々としているので、アンナ達は肩の力が抜けた。これは大騒ぎする問題ではなさそうだ。慣れた様子が、まるで予防接種のように見えた。
「どうぞ」
促されてアンナが先に腕をだす。癖で袖を捲ったが、アスタロトは手首に軽く指先を当てた。じっと動かずにいること数秒。試験管に血が流れていく。
「お疲れ様でした。稀に痒みを発症する方がいますから、こちらを」
飴のような包んだ塊を渡された。血を取った後に痒くなるのは予防接種というより、蚊に食われた状況に近い。思い浮かべた失礼な例えに、アンナはふふっと笑みが溢れた、
「ありがとうございます」
「お願いします」
さっと手を出したイザヤの血も集められ、その後は後ろから新しい採血者が来ることはなかった。オレリアは再検査を免れたらしい。勧められるまま、集められた再検査対象者は椅子に腰掛けた。
「お疲れさぁん」
どちらかというと、そう言葉にしたルキフェルの方が疲れている様子だ。怠そうに椅子を引き寄せて、体を投げ出す。
「獣人4人、魔獣が1匹、日本人が2人……あとエルフが2人、と」
資料を見ながら、人数の突き合わせをしたルキフェルが溜め息を吐いた。
「まずはお詫びするよ。ごめんね、騒動に巻き込んでしまった」
口調が硬いのは仕事だからか。ルキフェルは白衣の襟を指先で弄りながら、説明を始めた。
「こないだから、動物達に栄養失調の症状が出ている。飢えた動物が魔族を襲う事例も発生していて、それを調査する為に食材の実験をしたんだけど」
けれど……そのさきを言い淀んだルキフェルは、苛立った仕草で立ち上がる。水色の髪をぐしゃりとかき乱した。
「君達にも栄養失調の症状が出ているんだ」
「「え?」」
「ご飯食べましたけど」
「ちゃんと食事してますよ」
それぞれに食べているアピールをする。それを聞きながら、イザヤはアベルが食卓で持ち出した話題を思い出した。ルーサルカとのデートで襲ってきた狒々は、ガリガリに痩せて酷い状態だったという。
「もしかして、先日の狒々は関係があるのか?」
思わず素の口調で尋ねたイザヤだが、ルキフェルは咎めなかった。それどころか頷いて肯定する。
「そうだよ。アベルから聞いたんだね……君達もこのままだと同じように飢えてしまう」
魔力がある魔族ならば、直接魔力を注ぐ方法がある。治癒魔法の応用だが、食べなくても数十年は生命維持が可能だった。実際、ルシファーが50年ほど眠り続けた時は、大公達が交代で魔力を提供したのだ。
「飢えて……? だってご飯食べているのに」
今だって夕食を普通に食べた。海で取れた魚を煮付けにして、ちゃんと満腹感もあるのに。アンナの疑問に、ルキフェルは首を横に振る。
「それでも飢餓状態になる。森全体で生命力が低下しているんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます