1048. 転んでもただでは起きない

 日本人なら生命力より栄養と置き換えた方が理解しやすかっただろう。栄養失調と翻訳された言葉は、この世界で生命力不足と同意語だった。


 草食動物が森の草や葉を食べると、生命力と魔力を取り込む。しかし魔獣や魔物に分類されない動物の場合は、生命力のみ消費して魔力は蓄積した。それを肉食動物が食べるのだが、同様に生命力だけ消費する。魔力を持たない動物にとって、魔力は吸収できない油のような存在だった。


 動物を食べる魔族は、残っていた魔力を吸収する。その際に生命力は直接消化できずに森へ還元された。動物が寿命で死ねば、体内に蓄積した魔力は拡散して森が回収する。繰り返されるサイクルは常に問題なく循環し、互いを生かしてきた。


 その輪が壊れたのだ。馬車を動かす両輪のうち、左の魔力はそのままで右の生命力がバランスを崩した。すぐ影響は出ない。徐々に馬車は右へ曲がり、気づけばその場で回転するようになる――早く手を打たなければ左側も破綻する未来は確実だった。


「生命力だけ抜けた原因を探る途中で、君達に症状が出たんだ」


 それが爆発に巻き込まれた影響ならば、効果範囲は限定的だ。だが他の獣人や魔獣に、すでに影響がでているとしたら? 早めに対策を打つため、ルキフェルはひとつの決断をした。


「申し訳ないけど、君達を一時的に隔離して治療させてほしい」


 困惑の表情を浮かべたのはエルフだった。魔力量が多いエルフにとって、今すぐ影響がでる状況ではない。仲間や森から魔力を得れば生きていけるのだ。逆に魔力量が少ない獣人や魔獣はすぐに同意した。同族に影響が出る可能性が高いため、治療法の確立は緊急課題だ。


 顔を見合わせたアンナとイザヤは、指先をからめて握ると頷いた。


「私達はご協力します」


「ありがとう……協力してもらえる人はこちらへ。帰りたい人は、アスタロトに通信手段だけ確保してもらってね」


 容体が急変したときに連絡が取れるよう、通信の魔法陣を受け取ってエルフ達はテントを出た。もちろんテント内での話は口外禁止を言い渡されている。パニックになれば手が付けられないだろう。


 残ったのはアンナ、イザヤ、狐の魔獣、兎やリスの獣人だった。小型で魔力量が少ない獣人や魔獣が多いことから見ても、やはり生命力不足に陥ったのは間違いない。隔離用に提供されたのは、ベールの城だった。転移した城は、柔らかな色の家具が多く落ち着く部屋が与えられる。


「あ、ケーキ」


「連絡して、アベルに食べてもらうか」


 収納を兼ねている戸棚にしまった食後のデザートを思い出す。品質保持のために戸棚に魔法陣が張られているが、魔力供給しないと温度管理が切れてしまう。普段は開け閉めすることで魔力供給していたアンナだが、しばらく帰れそうになかった。


 残念だが、チーズケーキはアベルの腹に収まることが確定だ。伝言を頼みに行ったイザヤを見送り、部屋の中を見回した。この部屋は木製の家具が多く、全体に白っぽいイメージだ。夫婦扱いで同室にしてもらったが、実はまだキスで止まっていた。


 これはチャンスだ。危機的状況で愛し合う2人が部屋に閉じ込められる――映画でよく観たシチュエーションと同じなら、きっと関係が発展するはず。期待を込めたアンナの眼差しが、大きめのベッドに釘付けとなった。


 このベッド、キングサイズだわ……すごい、これ……この上で私! 興奮が高じて眩暈がし、ふらりとソファの背に手を置いて縋りつく。期待で輝く視線は、ベッドから離れることはなかった。

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