645. 赤い宴に踊る愚者
魔王ルシファーが翌日の失敗を想像もできず、リリスとまったりお風呂タイムを楽しんでいた頃、ベールの居城は阿鼻叫喚の嵐だった。
透明のはずの結界を可視化し、青い膜で大広間を覆う。人族の魔術師の手には杖、獣人やドラゴン達は戦斧や剣が返された。そもそも取り上げる意味がない。彼らに本気で立ち向かってもらわなければ、暇つぶしにもならないのだから。
「我々に勝てば出してあげます」
簡単そうに最も難しい提案をするベールへ、ルキフェルが無邪気に答えた。
「無理だよ、そんなの。だって僕たち1人が相手でも勝てなかったんだもん」
馬鹿にした口調に反論する愚か者はいなかった。その事実に少し落胆する。反論した奴から血祭りに上げてやろうと思ったのに。唇を尖らせるルキフェルの水色の髪を撫で、ベールが苦笑した。昔からルキフェルは残虐性が強い。魔族らしい冷たさと、懐に入れたものには甘い一面は、幼い頃のルシファーに似ていた。
「では趣向を変えてみてはいかがでしょう」
この場で最も危険で残酷な男が、さらりと金髪を揺らして首を傾げる。魅了の能力は使っていないのに、誰よりも衆目を集める美人はにっこり笑った。
「この面々で殺し合いをさせ、生き残った者を――なんて、どうです? 弱肉強食の掟にぴったりではありませんか」
ざわりと魔族の中に歓喜の感情が揺れる。誰を最初に排除するか。互いの力量を測るように、ちらちらと視線を交わした。
ドラゴンは腕を竜化させ、獣人も爪や牙を露出した。人族の魔術師は固まって背を預け、四方を警戒する。罪人は剣や槍を構え、その妻達は魔力を高めた。誰もが相手の一手を待って動く体制を整える中、床に突き立てた剣に右手を置いたベルゼビュートが口を開いた。
「いいわ。勝ち抜き戦? 総当たり戦?」
組み分けして戦わせるか、そう尋ねるベルゼビュートだが、最後に訪れる結果は理解していた。魔王に逆らった愚者を生かして帰す理由はない。アスタロトの言葉通り、魔族の社会は弱肉強食だ。強者は弱者を庇護し、時に屠る。弱者は強者に己の運命を委ね、また数を増やすことで絶滅を免れてきた。それは魔王が即位する前から、魔の森に存在する掟でもある。
ならば、強者は弱者を庇護する義務の一方で、その運命を決める権利がある。自分達の獲物で対抗戦を楽しんでから、勝者の首を落とすのも悪くない。ここに集められた者の未来は、もう決まったのだから。
「う、うおおお!!」
動いたのは獣人だ。叫びながら、最も弱い人族を狙った。まず数を減らそうと考えたのだ。逆にドラゴン達は強者から叩きのめすべき、と獣人を後ろから襲う。取り残された罪人と妻達はじりじりと後退り、一塊になって守りを固めた。双方が潰し合えば、戦う敵の数が減る。
「や、やめろ! 触れるな」
「化け物め……っ」
「汚らわしい。うわっ、近づくな。このっ!!」
人族の魔術師が声を上げるたび、獣人の爪や牙が襲いかかる。怒りを駆り立てる人族の愚かさを見ながら、ベールが呟いた。
「頭が足りないのでしょうか」
「うーん、脳の量や重さは他の魔族とそんなに変わらないんだけど」
解剖もこなすルキフェルは、首をかしげて不思議そうに呟いた。怒らせるような台詞をわざわざ口にするのは、助からないなら早く死にたいという意思表示だろうか。
ぶわっと赤い血が床に撒き散らされ、鉄錆た臭いが充満する。飛んできた血が足下をひたひた濡らしても、ベルゼビュートは足を引かず、代わりに口元を歪めた。
「バカね」
先に楽に死のうと考える愚かな人族が、二つに裂かれて転がる。首を叩き潰され、手足を捥がれた。玩具のように片付けた獣人が、後ろから襲いかかるドラゴンと向かい合った。
「……本当に愚かです。少し考えれば、簡単に死ねないとわかるでしょうに」
爪の先ほども哀れに思ってないアスタロトの冷めた声に、大公達は同意の笑みを浮かべた。
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