346. 喉に痞えた小骨

 帰りはヤンに乗らず、転移魔法陣で戻ることにした。緊急事態という建前に合わせて、「急いで帰って来た」デモンストレーションを兼ねている。常に結界が作動する城門の上に降り立つと、目の前の草原は予想以上の被害だった。


「この場所は呪われてるのか?」


 何度予算を付けても、すぐに焼け野原になってしまう。眉をひそめたルシファーの眼前に広がるのは、黒く焦げた草原に散らばる肉片だった。魔獣達がおこぼれ目当てに集まり始めている。肉の分配は城門番の衛兵が担当するため、上から彼らの仕事を眺めて終わりだ。


「パパ、ヤンが追いついたわ」


 転送先が城門上なので、ヤンだけ自力帰還となった。どうもあの湖とヤンは相性が悪いようだ。以前も置いて行かれることになった気がする。


「ヤン、ご苦労さん」


 城門から労うと、上手に肉片を踏まずに避けて庭に飛び込んだフェンリルが鼻を鳴らす。千切れんばかりに振る尻尾が、後ろに小さな竜巻を作り出した。尻尾を大きく振ると中庭が大惨事になるので、自身のサイズを小型犬にして威力を抑える賢いフェンリルである。


「ママだぁ」


 城門から飛び降りたピヨが、尻尾によって作られた竜巻に巻き込まれてぐるぐる回りながら、ヤンの尻尾に取りついた。足とくちばしで器用に尻尾を掴んで移動し、背中にぺたりと覆いかぶさる。相変わらず親離れできないピヨを、複雑そうな表情の番が眺めていた。


「いつもの平和な光景だな」


「そうね」


 一時的に離れたアスタロトが戻ってきた。どうやらルキフェル達は報告書を手に、執務室で待っているらしい。


「こちらも報告があるし、リリスも一緒に行こうか」


 腕を差し出すと、当然のようにリリスの白い手が絡められる。腕を組んでにこにこと歩くリリスは、挨拶されるたびに城の住人に声を掛けながら進んだ。いつもなら空いた手を振るのだが、今日はカップを持っているのだ。中に小人がいるため、出来るだけ揺らさずに運んでいく。


 執務室のドアを開けると……ここにも予想外の被害があった。


 羽に傷を負ったのだろう、畳まずに治療中のルキフェルはベールの膝の上に座る。その背中に魔法陣を展開して治癒中のベールは、自分が痛そうな顔をしていた。ルキフェルは机の上のパンを頬張っている最中で、羽にケガをしたことから考えても、竜体に戻って戦ったのだろう。


 ドラゴンの姿になったルキフェルの強さは、戦ったルシファーが一番よく知っている。そのルキフェルの羽に傷をつけた敵がいたなら、かなり苦戦したんじゃないか? だから城門前が焼け野原になっていたのだと納得した。


「えっと……ただいま?」


 これは夕暮れまで待たずに、さっさと帰った方がよかったか。そんな思いで、余計な進言をしたアスタロトを振り返ると、彼は飄々ひょうひょうとした態度で着座を促す。ソファに座って、膝にリリスを乗せた。


「おかえりなさい。リリス、何を持ってるの?」


「小人さんよ」


「へえ、後で僕にも紹介してね」


 ルキフェルは頬張ったパンを紅茶で流し込み、リリスが手にしたカップに興味を示した。どうやらケガは大したことないようだ。ほっとしながら、ルシファーは喉に小骨がつかえたような違和感に眉をひそめた。


 何か大切なことを忘れてる気がする。


「ルシファーはちゃんと埋葬できたの?」


「あ!」


 忘れていた用事をルキフェルが指摘する。昨夜のキマイラの頭部を収納空間に入れて持っていたのは、あの湖に沈めて供養するためだった。残りの胴体の肉片はヤンの食事用なのに、忘れて持ち帰ってしまったのだ。


「私も!」


「え?」


 親子そろって同じことを考えたらしい。リリスも収納から山羊の角を引っ張り出した。食用にならず埋める予定だった頭部をもらった際、角が欠けていたのはリリスの仕業だ。彼女は頭部全体ではなく、角の先だけでも自然豊かな場所に埋めようと考えた。


「……同じようなこと考えていたのね」


「そうだな。あとで改めて湖に供養に行くか」


 新しい約束を交わし、膝の上のリリスの黒髪に接吻ける。


「アスタロト、これをヤンに渡してくれ。今日の仕事は終わりだから」


 護衛の仕事から解放するついでに、とキマイラの胴体の一部を渡す。収納魔法から取りだした肉は大きく、まだ血が滴るレアステーキ状態だった。外側が少し焦げているのは、解体した兵士が外側を焼きながら切り分けたからだ。庭を復旧するエルフが「あまり血を流すな」と頼んだ影響か。


「かしこまりました。お預かりします」


 吸血鬼王にも拘わらず、血に一切興味を示さず収納したアスタロトは中庭へ向かった。

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