1010. 任せなさい、何とかするわ

 成長したレラジェが、その身に人族の魔力を回収しているのが伝わる。僕が行うはずだった作業を、この子が代わりに? それを見ても、僕は何食わぬ顔でベールの隣に立てるの?


「待って!」


「ルキフェルはもう、なんだよ」


 だから身代わりは無理。割り当てられた役をそのまま演じればいい。レラジェは冷めた目で、一筋の涙をこぼした。もう少しだけ、生きてたかったな。リリスやルシファーに甘えたかった。


 本当はまだ猶予があったんだ。なのに、向こうが崩れたから流れ込んでしまって、これ以上は耐えられないと悲鳴を上げたのが魔の森――僕は彼女の為に、役割を果たすしかない。


 16歳になった身体の節々が痛む。


 リリス、ごめんね。大好物を奪って。ルシファーの邪魔をしたいわけじゃなくて、仕方ないと呆れながら叱って欲しいだけ。ヤンと戯れてみたかった。僕が魔族の捨て子なら、ずっと一緒にいられたのかな。


 頬を伝う涙を拭うこともしない。また1歳分だけ成長した。溢れる魔力は飽和寸前だった。あと少し……最後にあの2人の顔が見たいな。贅沢な望みだけど。


 夜が明けて朝日が照らす森は美しく、緑の葉を揺らした。母が待ってる――僕はまた森の一部に還る。


「まてっ! レラジェ、勝手に決めるな」


 動けないルキフェルとの間に現れた転移の魔法陣から、魔王の声が響いた。人族の魔力が収束していく。ああ、もう回収できる魔力はない。終わりだね。


「最後に会えて……」


 よかった。そう微笑む筈のレラジェの姿は、ルシファーに似ている。だが拾われた頃のそっくりな外見ではなかった。兄弟と言われれば、誰もが頷くだろう。だが双子かと問われれば、相違点が目立つ。


 腰まで届く黒髪が、さらりと風に踊った。


「最後じゃないわ。だってルシファーが決めたんだもの」


 腰に手を当てて叱る姉のような言葉使いで、妹にしか見えない年齢のリリスが唇を尖らせる。こんな結末は認めない、我が侭を平然と振りかざすお姫様は魔法陣から飛び降りた。


「レラジェは私やルシファーの弟になるのよ」


「そんなの、無理だ」


 可能なわけがない。ルキフェルで失敗したから、魔の森は二度目を許さない。この魔力はすべて使い切らないと、森が……っ。


「無理でも守るのが、魔王の仕事だ。お前は魔族の子供で、オレの庇護下にある」


 魔の森の化身や分身であっても関係ない。この世界の魔王がそう決めた。手元に置いて、レラジェを魔族として生かす……これは決定事項だ。


「ルシファー、リリス……?」


 どうするの。そんなルキフェルの問いかけに、ルシファーが肩をすくめた。


「森の魔力が足りないなら、皆で供給すればいい。ただそれだけの話だ」


「そうよ。レラジェの魔力を森に還すときに少し残すの。足りない部分をルシファーや私が補えば、2歳くらいならいけると思うわ」


 ひらひらのワンピースの裾を揺らし、腰に手を当ててリリスは宣言した。


「あなたは私の弟として、やり直しよ」


 サーモンピンクの絹が翻り、ポニーテールの黒髪が大きく揺れた。金の瞳がきらきらと輝き、姉を自称するリリスは自分の胸をぽんと叩いた。


「任せなさい。何とかするわ、!!」


「「え?」」


 ここまで偉そうに演説して、最後に魔王に丸投げ?! ルシファーとルキフェルの声が被った。その様子に、レラジェは吹き出す。まだ涙の残る頬が笑みに彩られた。


「ふふっ、リリスらしいね」

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