1011. 全員やる気です

「陛下?!」


「ちょっ……今回は留守番だったでしょ!!」


「ルシファー様、ここで何を……」


 ベール、ベルゼビュート、アスタロトの順番で駆けつけた大公は、溢れる魔力に輝く青年に目を見開いて次の句を飲み込んだ。


 ルシファーに似た面差しの、だが明らかに別人の青年。色がリリスそっくりなので、レラジェに間違いない。しかしここまで急激に成長した理由がわからなかった。


 幼くなった後戻ったリリスとは訳が違う。卵から孵化しての成長も早かったが、成人年齢まで育ったレラジェは笑みを浮かべた。頬を濡らす涙をそのまま放置して、大人びた表情で振り返る。


「僕は魔の森に魔力を還す媒体だ。人族が滅びても、循環の輪から外れた魔力は森に還れない。だから僕が飲み込んで、魔族として死ねばいい」


 死んだ魔族のもつ魔力は森に吸収される。だが人族は呪われた存在に近く、森の木々は回収できない魔力を散らしてしまう。途中で魔力を変換する道具として生まれた子供は、さらっと語った後リリスに微笑んだ。


「僕を生かして、後悔しない? リリス」


「お姉ちゃんと呼びなさい。ルシファーがいてくれたら、私が後悔するわけないじゃない」


 得意げに言い切る少女は、隣の純白の魔王と腕を組んで笑い返した。


「魔力を森に還元するなら、お手伝いできます」


 ルキフェルに「お願い」されたベールが、肩をすくめて口を挟む。詳細の理解は後回しにして、アスタロトも協力を申し出た。


「早く片付けて戻っていただかないと、城ががら空きですね。ルシファー様、約束を破った罰は受けていただきますよ」


「そこは情状酌量の余地があるだろ」


 オレが全部悪いわけじゃないぞ。そう言いながら、ルシファーは背に翼を出した。3対6枚……全魔力の半分を提示したことで、アスタロトがコウモリの羽を広げる。


「どのくらい足りないの?」


 透き通った羽で巻毛を揺らしながら、美女はにっこりと笑った。ルキフェルの竜の翼が大きく影を作り、ベールも魔力を高める。


「ど、して……だって、僕」


 大した時間は一緒にいなかった。いても迷惑ばかりかけて、我が侭を口にしただけ。役に立ったり、何かした記憶はないのに。大公全員が協力してくれる理由は何?


 不思議そうに呟くレラジェに、ベールが溜め息を吐いた。


「魔族は仲間を見捨てることはしませんし、私はルキフェルの頼みは断りません」


「僕は当然、レラジェが死ぬのを見たくないからだね」


「あたくしは要求があるわよ? 事務仕事を代わりにやって欲しいわ」


 戯けた口調のベルゼビュートに、アスタロトがぴしゃりと却下を突きつける。


「ベルゼビュートの要求は却下します。ルシファー様がご所望ならば、魔力も命も捧げると決めておりますから」


 それぞれに理由を口にしたが、どれも魔力を大量に消費する対価として弱い。供給ありきで、後から適当に理由をつけたような軽さだった。


「なんだかんだ、気のいい奴らだ。気にするな」


 さらりとルシファーがまとめ、溜め込んだ魔力を吐き出しそうなレラジェに手を伸ばす。ふらりと近づく青年は、直前で迷った。その手を、リリスがぎゅっと握る。逆の手を繋いだルシファーに頷いた。


「レラジェ、お前の持つ魔力をオレに流せ」


 魔の森に吸収できる魔力に変換してやる。己の魔力を大量に消費する作業を、簡単そうに告げる。魔王が自信に満ちた顔で答えを求めた。


「……うん」


 お願いします、そんな言葉じゃない。向けられた好意に素直に頷けばいいと、レラジェはようやく理解した。無理でも、今度こそ気分良く散れる。これだけ気持ちを寄せられて「だって」なんて口にできなかった。


「魔の森、我らが魔族の母たる森に……この魔力を献上する」


 魔王の宣言に、魔の森は震えた。

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