1012. 幸せも魔力も円を描く

 風が止まった森の木々が、自らの意思で揺れる。ざわざわ左右に身を揺らし、大量に流れる心地よい魔力を吸い込んだ。


 リリスの蘇りの際に一度、森へ魔力を還元する作業を行なったことが幸いした。ルシファーが作った魔法陣が、効率よく森へ魔力を供給する。地脈にも魔力は流れるが、それは世界の根幹部分を支える基礎だ。今回のような状況で使うものではなかった。


 魔王城に流れる地脈の魔力も、循環してまた大地に戻される。活用はしても消費して減らすことはないが、今の状況で使ってしまえば地脈から森へ流れた分は戻らないだろう。ルシファーの隣で、リリスが白い羽を背に広げた。頭の上に美しい輪が浮かび上がる。


「私も手伝えるわ」


「無理をするな」


 ルシファーと手を繋いだリリスが、レラジェに空いた手を差し出した。きょとんと見つめるレラジェに「はやく」と急かしながら、指先をひらひら動かす。迷いながら指先に触れたレラジェの手を握り、魔法陣の前に立たせた。


 足元から抜けていく魔力が、苦しかった魔力の飽和を解消していく。体に溜め込んだ毒を吐き出すように、心地よさに目を閉じた。


「すごい、あったかい」


「もっと吐いちゃっていいわよ。途中で止めてあげるから」


 お姉さんぶったセリフで胸を反らすリリスに、ルシファーがくすくす笑った。足元の魔法陣を囲む形で、ルシファーとアスタロトが手を繋いだ。その隣にベルゼビュート、彼女は空いた手でベールの手首を掴んだ。


「相変わらず乱暴ですね」


 顔を顰めたベールだが、彼女の手を振り解かなかった。そしてルキフェルはベールと指を絡めて結び、レラジェに近づく。役目を放棄した僕の代わりになろうとした、幼い弟……そっと彼の手を握った。


 驚いて顔を見上げるレラジェに微笑み、ルキフェルは握った手をしっかり繋ぎ直した。離れないよう、そして大きな輪の中央にある魔法陣は、ゆっくりと回転しながら魔力を送り込む。


 膨大な量を森に返しながら、魔法陣は光を放つ。


「魔の森が母なら、子供であるオレ達の魔力は相性がいいだろうな」


 ルシファーが穏やかな口調でそう呟く。魔の森が魔族を産んだなら、母の一部で出来た子供からの恩返しだ。反発することもなく、すんなりと吸収できる理由も納得だった。


「親へのプレゼントでしょうか」


「だったら僕も奮発するよ」


「倒れない程度にしてよ? ベールがうるさいから」


 ベールに呼応して気合を入れたルキフェルに、話の腰を折るベルゼビュート。あの悲壮感が嘘のような光景だった。


 レラジェは自分が犠牲になれば、森も魔王も守られると考えた。与えられた役目を果たしたら、自我もなく消える。それなら大好きになった人達の記憶に残りたかったのだ。時々思い出してくれるだけでよかった。


 望んだのは小さな願いで、叶えられるのは存外の褒美――まさか生きる未来を与えようとしてくれるなんて。


「僕は幸せ、だね」


 目が熱くなって鼻が詰まって、声がいつもより震えている。ぽろりと落ちた涙はさっきと同じはずなのに、込められた感情が違うだけで温かく感じた。全身が冷える、悲しい涙とは違う。


「これから幸せになるの。ひとまず、私の弟になってお勉強よ」


 自分が覚えさせられたダンスや歴史も、みっちり教えて貰えばいいわ。アデーレやベリアルの礼儀作法は厳しいんだから。それが終わったらみんなでお茶をして、一緒にヤンと昼寝をすればいい。


 当たり前の日常を語るリリスに、レラジェは涙に濡れた笑顔を向けた。魔力が抜けたせいか、顔立ちが少し幼く感じられる。


「うん、そう出来たら幸せだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る