281. 妬み嫉みは醜いだけ

 巨大な龍の胴体に絡みついた網に仕掛けられた罠が発動する。長大な体が急速に小さくなり、網の中に完全に取り込まれた。頭が網に取り込まれた時点で、炎のブレスは消える。ルキフェルの魔力に囲まれた状態でブレスを吐けば、自らの身を焼くだけだ。


「即興の割にうまくいった」


 研究職のルキフェルは満足そうだった。魔法陣に関しては、彼の知識にかなう魔族は少ない。魔力量頼みの魔法ならともかく、魔法陣は細かな法則が大量に存在した。調和のとれた美しい魔法文字の帯が、そのまま網となって龍だった女に絡みついている。


 女は鮮やかな朱の髪に、茶系の肌をしている。瞳の色は見えないが、伯爵位に届く程度の魔力しか持たないだろう。ルキフェルの網を振り切る力はなかった。


「ルキフェルの魔法陣は綺麗だな」


 自分が作る魔法陣も効果は高いが、美しさという一点において完全に負けている。そう呟いたルシファーに、ルキフェルが嬉しそうに頬を緩めた。


 幼い頃から無表情で気味が悪い子だと揶揄された彼を、ベールが保護して甘やかしてきた。ここ数年でようやく感情を上手に外に出せるようになったルキフェルは、リリス同様ゆっくり成長をみせる。その変化はアスタロトやルシファーも認めていた。


 ルシファーが網から読み解いた魔法文字は、対象者の魔力を外へ拡散するものだった。そのため己の龍体を維持することが出来ず、省エネの人型まで戻ったのだろう。警護対象となるリリスやお取り巻きに一切被害が出ない、見事な手並みだった。


 4大公の名にふさわしいルキフェルの振る舞いに、近づいたルシファーが彼の頭を撫でる。ルキフェルと手を繋いだリリスが見上げるので、彼女の黒髪も一緒に撫でた。


「それで、この龍は神龍でいいのか?」


「少し違う。爪が少ない」


 龍は爪の数で格の高さが表される。最上は5本で、タカミヤ公爵などが該当した。龍族の中では帝と同じ扱いで、非常に数が少ないと聞く。当代はタカミヤ公爵と息子だけだと言われていた。少し落ちると4本になり貴族階級、さらに落ちて3本が一般的な龍の爪の数だ。


「4本、だな」


 タカミヤ公爵と同等の5本爪をもつ龍のみが『神龍』と名乗ることができる。神龍族シェンロンという名称は、一族の頂点に神龍を戴く種族という意味だった。


「オレが魔王と知らずに襲った……わけはないか」


 待ち伏せ状態で、狩りの予定地と告知した場所に罠を張っていたのだ。明らかに魔王とその一行を狙った攻撃だった。


「何か言うことは?」


 ルキフェルが水色の髪をかき上げる。額にうっすら滲んだ汗を無造作に拭う少年の高い声に、女は睨みつける。その瞳は金色に近い黄色をしていた。珍しい色にルシファーが少し考えこむ。


 金色に近い獣の瞳を持つ龍の話を、タカミヤ公爵から聞いた気がする。


「パパぁ、もう終わり?」


「ん? 狩りはこれから行くけど、先にこの女をするから待っててくれ」


「うん」


 リリスはルーサルカと手を繋いで、ぶんぶん振り回している。処分という単語に気遣ったのか、リリスがこちらを見ないようにレライエとルーシアがリリスの後ろ側に立った。役割分担が出来ているのだろう。シトリーは手の中で風の螺旋を作って、リリスの気を引く。


「我が妃がいる場で襲ったなら、結末は理解できるであろう?」


「あなた様が! ドラゴンばかりを重用なさるから! だからっ」


「ふむ」


 言われた内容にルシファーは、彼女の暴挙の理由に思い至った。この場にいるメンバーを見ればわかる。ドラゴン族のルキフェルとレライエ――魔王と魔王妃候補の側近が竜の一族から選ばれた。龍を軽んじていると思ったのだろう。


「それがどうした? 余と妃が選んだ者が、たまたまドラゴンであった。口惜しいと言うなら、龍も努力すればよかったであろう」


 選ばれる努力をしなかった種族が、他種族の栄誉をねたそねみなど醜いだけだ。かつてルキフェルが生まれる前に、大公の座に神龍が座したこともあった。数万年前のことだが、彼女はその栄光を取り戻したいのか。


「余が同行する場で襲ったのは、実力を見せつけるためか? ならば実力不足に過ぎる」


 足りなすぎると断罪し、ルキフェルに合図を送る。彼はひとつ溜め息をついて、城門前に神龍族の女を転送した。束縛の魔法を解かぬまま行われた転移魔法陣の追加は、類稀たぐいまれなるルキフェルの才能の証明だ。


「さあ、狩りに行こう」


 伸ばされたルキフェルの手を握り、リリスへと声をかけた。

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