1249. 実話に基づく甘酸っぱい新作

 最愛の女性を見つけた。彼女こそ番相手で、自分のすべてを捧げたい人だ。そう思ったのに、最初は跳ね除けられた。魔獣の姿がメスだったのが良くないらしい。性別に関係なく人を好きになったエリゴスは不思議に思うものの、彼女と愛し合うなら人化して近づけばいいと気づいた。


 今度は失敗しない。徐々に距離を詰めて告白し、熱い抱擁を交わした。彼女の豊かな胸を感じながら細い腰を引き寄せる。拒まれない事実がただただ嬉しかった。なのに彼女は欲張りで、私の寿命を気にする。もっと長く一緒にいたいと願ってくれる番に応えたいと思った。


 自我が目覚めたのはつい最近だ。それまでは普通の獣と同じ、地に這って唸りながら獲物を狩る日々だった。本能に従って生きる毎日に、変化が訪れたのは突然だ。


 暗い穴に落ちた体は叩きつけられて動けず、ただ必死で息をした。胸が苦しくなり徐々に視界が暗くなる。死ぬと思ったその時、何かがまじわった。体の感覚が軽くなり、ゆっくりと身を起こす。苦しかった呼吸はいつも通り、痛かった背中や腹も治っていた。


 長くなった手足に被毛はなく、つるんとした肌がむき出しだ。何より驚いたのは、この体がオスに変化したこと。股間の性器に触れると感覚がある。間違いなく自分の体だった。困惑しながら見上げた空は、歪な穴の形に切り取られている。


 ぎこちなく身を起こし、2本足で立てた時は感動した。手を伸ばすと外に這う蔦が掴める。獣の手では為せなかった脱出が、思ったより容易になった。だが被毛がない肌は傷つきやすく、外へ出る間に傷だらけになる。痛みに呻きながら寝転がった体は、丸まる動きに同調するように獣に戻った。


 そこへ通りがかったのが、ベルゼビュートだ。傷ついて呻く獣に近づき、優しく声を掛けて膝を突いた。美しく着飾った服に泥や血がついても、びっくりして威嚇する獣を癒していく。あまりに輝かしくてその場で愛を告げた。この人がずっと隣にいてくれたら、どれほど素敵だろう。


「愛しています、ベルゼ」


 愛称を呼ぶことを許され、エリゴスは頬を緩める。寿命が尽きるまで一緒にいたい。それ以上の欲はなかった。彼女への告白を許した魔王から聞いて、ベルゼビュートは唯一の女大公という地位にあることも理解した。だが気持ちに変化はない。


 寄り添えば、いつも甘えてくる可愛い人。こんなに美しく気高く可愛い人が、今まで誰とも番わなかったことが不思議だった。寂しい、構って欲しい、そんな匂いを漂わせるベルゼビュートの肩を抱く。結婚するまでは手を出さない。番として正式に認められたら、もう遠慮はしないけれど。


 私が変化した理由は分からないし、森が力に満ちた今、何らかのおこぼれが死にかけた体を生かしたのだろう。そんな事情はどうでもよかった。ストレートの髪も綺麗だが、くるんと巻いた毛先も愛おしい。私のために着飾ってくれる気持ちが嬉しかった。


 そんな話をぽろりと漏らした所為だろうか。知り合ったばかりのイザヤが、私の元へ新作の小説を持ってきた。綺麗に綴じられた本は、恋愛小説家である友人の新作だという。


「貰って欲しい、モデルだからな」


 モデルとは何か? 首を傾げたものの、断る理由はなく受け取った。だが文字が読めない。ベルゼビュートは読めるようなので、後で読み聞かせてもらおう。彼女の隣に立つなら文字ぐらい読めた方がいいかも知れない。


 ベルゼビュートはすらすらと半分ほど読み聞かせた後、真っ赤になって照れる。膝の上に乗せ、後ろから抱きかかえて聞いていたが、つっかえて読みづらそうだった。


「ベルゼ、私も文字を習った方がいいだろうか?」


 この本を読んでみたいと思う。どうやらベルゼビュートと出会った私のことを描いた本のようだから。そう告げると、真っ赤に染まった首や耳を軽く食んだ。びくりと身を震わせる彼女のなんと愛らしいことか。獣の姿なら千切れんばかりに尾を振っている。


「……っ、そう、ね。あたくしが教えるわ」


 嫣然と笑って平静を装う美女に、よろしくお願いしますと答えて唇を奪った。

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