1248. 幸せが不安を呼ぶ循環

 夜のぼや騒ぎは、酔っぱらったエルフが消し止めたが、やり過ぎて今度は水浸しになった。その辺は処理に慣れた精霊族が手際よく処理してくれたので、大事にはならない。精霊女王ベルゼビュートは自分が休むために、しっかり配下を働かせていた。


 愛する人と一緒に過ごす時間にご満悦のベルゼビュートは、ひとつの悩みに憑りつかれていた。自らの寿命は不明だが、すでに8万年以上は生きている。18人も妻を娶ったアスタロトを見ればわかる通り、伴侶の寿命は短い。愛して愛される幸せを知った彼女にとって、魔獣であるエリゴスの寿命を知るのは恐ろしかった。


 あと何年あるか。それを計算しながら生きていくなんて、心が張り裂けそうだ。妻を亡くしたアスタロトは、毎回十年ほどは眠ってしまう。起きて来ないあの期間に、己の感情を整理しているのだろう。起きてきた時には何もなかったように振舞う、それは無理だった。


 エリゴスを失ったら、その後の人生を生きていける気がしない。


「長く生きる方法があればいいのに」


「ベルゼはもっと長生きしたいのですか? 欲張りですね」


 くすくす笑うエリゴスの頬を撫でながら、違うわと首を横に振る。豊かなピンクの巻き毛がふわふわと肩で踊った。胸元を強調したドレスを纏うのはいつもと同じだが、珍しく上にショールを羽織っているのは、恋心と同時に羞恥心が芽生えたのが原因だ。さらに独占欲もあった。


 エリゴスの視線をよその女に向けたくない。この体は彼に捧げるつもりで……他の男の目に触れることが急に気になったのだ。エリゴスには見せたいし触れたいが、他の男の目が気になる。初めての羞恥心に混乱した彼女にルーシアが助言した。何かを羽織ってはいかがですか? と。


 見つめる先で優しく微笑むエリゴスに腕を絡め、胸を押し付けるようにして甘える。大公として、魔王に次ぐ地位を持つため、誰もがベルゼビュートを「強く立派な女性」として扱った。大人の女性を演じることに慣れたが、実際は甘えるのが大好きな彼女は焦ったさを感じていた。


 過去の婚約がうまくいかなかった理由もほとんどは、ここにある。相手の包容力不足だった。エリゴスは微笑んでベルゼビュートを抱き寄せ、桃色の髪に口付ける。常に穏やかな笑みを浮かべ、彼女の振る舞いを否定しない。ベルゼビュートが求めたのは、ささやかな幸せでそれは叶えられつつあった。


「私じゃなくて、あなたが死なない方法を知りたいわ」


「ベルゼ、誰でも寿命はあります。あなたにとって最初の夫、その肩書きだけで私は幸せですよ」


 甘いカップルの横を通り過ぎるヤンが一瞬だけ目を細め、何もなかったフリで通り過ぎた。魔獣に分類されているエリゴスだが、何かが違う。敏感に感じ取っているものの、何が違和感の正体か分からずに迷っていた。


 幸せそうなベルゼビュートの姿を見ると、ヤンの言葉はいつも飲み込まれる。悪い印象ではないので、彼女を不幸にする秘密ではないだろう。昨夜のぼや騒ぎに関わった関係各所に、親として挨拶をして回ったフェンリルは、最後にピヨの元へ向かった。


 アラエルに抱き抱えられて眠る大型犬サイズの鸞を奪い、口に咥えて牙を立てる。


「ぎゃぁ! え? ママ、いたいっ」


「毎回毎回、騒動を起こしおって。大人しく出来ぬなら、また火口へ預けるぞ」


 アラエルやヤンから引き離された罰を思い出し、ピヨは暴れるのをやめた。ぐったりと項垂れて「ごめんなさい」と呟く青い鳥に、ヤンは次から気をつけるよう言い聞かせた。薄目を開けて見守りながら、アラエルは呟く。


「なんだかんだ、親父殿はピヨに甘い」


 聞き咎めて唸るフェンリルと、羽を広げて対抗する鳳凰の様子は、二日酔いのドワーフに見つかり、新たな盛り上がりを見せた。祭りの間は何があっても不思議ではなく、何が起きても騒ぎの種にされるものだ。見過ごせないほど大きくなった騒動は、邪魔をされて不貞腐れるベルゼビュートにより解散させられた。

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