584. コカトリス捕獲フィーバー
現場は大混乱ならぬ、大盛況だった。
空中に浮いたまま、ルシファーが足元の大フィーバーに苦笑いする。背の2枚広げた黒翼に気づいたドラゴンが数匹、敬礼してから足元の狩りへと戻っていった。
「うーん、見事な大量発生だ」
稀に魔の森の片隅で大量発生した魔物が、そのまま街へなだれ込む現象が見られる。各街や集落も備えており、事前に魔力の高まりを察知すると魔王軍へ協力要請が入るのだ。今回は感知のタイミングがぎりぎりだったため、魔王軍の部隊が到着したときには、民によるコカトリス狩りが始まっていた。
「どうしますか?」
困惑した様子の将校へ、ルシファーは淡々と指示を出した。
「自分で狩った分は持ち帰りを許可して構わないが……数だけ申告するよう伝達しろ。全部狩っても大丈夫そうだな」
見回した魔の森の状況から、この場にいるコカトリスが通常発生の群れでないことは明らかだ。なぜなら、このドラゴンの街周辺にコカトリスが発生した事例はない。よそで発生したコカトリスが飛んでくることはあるが、本来の生息地以外で発生した群れは狩り尽くしても生態系に影響しなかった。
過去の統計から判断したルシファーの許可が公表されると、街から魔物狩りに出ていた群衆が沸き立つ。あちこちで巨大ドラゴンによるコカトリス狩りが繰り広げられた。
「ルシファー、私も狩りたい」
大きな目を輝かせるリリスのお強請りに、すこし悩んで条件をつける。
「雷はドラゴンに当たるから禁止。森を焼かない方法ならいいよ」
「わかったわ、攻撃は風でする」
嬉しそうなリリスへ、後ろに控えるイポスが恭しく短剣を差し出した。膝をついて待つイポスの手は鞘を捧げ持ち、柄を握ったリリスが引き抜く。魔法が得意なリリスは、普段武器を持ち歩かない。この短剣も、剣の扱いに長けたイポスに預けていた。
刃は透き通った金色だ。ルシファーの死蔵品のひとつで、クリス・タミング・ハリと呼ばれる短剣なのだが、すでに滅びた種族の象徴であり宝剣だった。美しい金色が、リリスの黒髪に似合うと軽い気持ちで渡し、ベールを絶句させた経緯がある。諦めた大公達は何も言わないが、簡単に人にあげていい類の武器ではなかった。
主人を守るために自ら鞘を脱ぎ捨てる伝説のある短剣で「ちょうどいい」と軽い気持ちで、わずか12歳の少女に渡したのは問題だろう。イポスが預かることで、アスタロトも納得したのだ。それなら危険を回避できる、と。
「えい!!」
振りかぶった短剣を、指揮棒のように振る。その先にいたコカトリスが2匹、羽を切り裂かれて落ちた。下に魔力の網を張ったルシファーが、コカトリスを収納していく。魔王軍も積極的にコカトリスを狩っていた。即位記念祭に使う唐揚げの材料は、これで足りそうだ。
「失礼いたします」
幻獣の麒麟がコカトリスを1匹捕まえて持ち去る。空中を駆ける種族が有利だが、地を這う獣人も逞しく槍を投げて突き刺して捕獲していた。すぐ近くで魔獣がおこぼれに預かる。彼らの目当ては、捨てられる内臓だった。
「……混雑しすぎか?」
リリスが捕まえた獲物をしまいながら、見回した状況に眉をひそめる。あちこちで様々な種族が武器や魔法を使っているのに、コカトリス発生地点の範囲が狭い。このままでは諍いが起きかねない、危険な状況だった。
「ルシファー、あれ」
「やらかしたか」
獣人の放った矢が、ドラゴンの羽に刺さったらしい。吹き出す血に気づいたリリスを抱き寄せ、結界を数枚増やした。その上で、肩を抱いたリリスを連れて現場に降りる。
「やりやがったな!」
「わざとじゃないが、すまん」
大きな種族間トラブルに発展する可能性があるため、ルシファーは声を掛けた。
「余が治癒を施そう」
恐縮するドラゴンの羽を治し、互いに蟠りが残らぬよう獲物の分配で決着を付けさせる。機嫌を直したドラゴンが飛び去り、獣人も納得して引き揚げた。隣でじっと見ていたリリスは、感心したように呟く。
「ルシファーの采配はお手本になるわ」
「そうか? 失敗も含め、たくさん経験したからな」
見上げる尊敬の眼差しに微笑み返し、ルシファーはリリスの頬を撫でた。
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