830. だって人族だぞ?
ちゃらんと金属が音を立てて地面に落ち、それを見つめるルシファーが口を開く。
「お前の家族を助け、魔族で匿えと? そんな義理はない」
普段は哀れんで受け入れる魔王の冷めた言葉に、周囲は驚いた様子を見せるが声を押し殺して見守る。彼が優しさを見せない理由があるはずだ。そう信じるだけの実績があるルシファーの行動に、魔族は誰も口を開かなかった。
「陛下、私にお任せいただけますか?」
間に入ったアスタロトが優雅に一礼し、すこし頭を上げて答えを待つ。口元がわずかに緩んだアスタロトの表情を確認し、ルシファーは不満だと眉をひそめた。アスタロトは剣士に見えない角度で唇を動かす。
リリスはただ静かに腕を絡め、ルシファーの顔を見上げた。アスタロトの弧を描いた口元は、人族の都を落とした時と似ている。
「よかろう、一任する」
「ありがとうございます」
礼を口にしたアスタロトは、優しそうに見えるよう表情を作った。駆けつけたルキフェルが何か言おうとしたが、ベールが首を横に振る。ルシファーとリリスの脇に立つ大公達に、吸血鬼王は意味深な言葉を残した。
「では出かけますが……残った4匹をきちんと
「わかりました。預かりましょう」
ベールが頷いたのを確かめ、アスタロトは転移の魔法陣を作った。地面に座る剣士を手招きし、座標を修正する。そのまま彼は姿を消した。
「茶番は終わりだ。ベール、彼らを
ルシファーの指示で、捕獲済みの勇者達4人をエドモンド達が運ぶ。城門の地下にある牢屋に片付けるのだろう。見送った魔族達は口々に憶測を飛ばす。
「おれは剣士が怪しいと思うぜ」
「いや、でも武器捨ててたからな〜」
「それも作戦だろ。だって人族だぞ」
人族イコール卑怯者という意味で使う男が、顎髭を弄りながら唸る。その隣でアラクネが長い脚を折りたたんで参戦した。
「最初から見てたけど、あの剣士は変だったわ。たぶん……剣の握り方っていうの、それが違う気がして」
巨大女郎蜘蛛である彼女は、自らの手で武器を持った経験がない。だからこそ、他人の手の使い方に感じた違和は見逃さなかった。手の小さな繊毛に似た部分を使って絹糸を編むアラクネは観察眼が鋭い。
「肉が炭になるわよ!!」
人々の注意を逸らしたベルゼビュートの声に、焼き掛けの肉やイカを放置していた事実に気付いて、人々は慌ててかまどへ戻った。魔の森の実りと呼べる魔物肉は、無駄にしたらバチが当たると大急ぎで皿に取り分ける。
魔族の憶測を聞いていたルキフェルが「意外とみんな、いいとこ気づくよね」と苦笑いした。足元の銀プレートを結界で包んだベールが、溜め息をついて収納へ放り込む。
「あれでバレずに騙せると思われているのが、屈辱ですが」
「おかげで簡単に処理できて助かるじゃないか」
あっけらかんと答えるルシファーに、ベールは人族の砦がある海の方角を指差した。
「また騒動が大きくなります」
「平気よ。あれは魔物だから、駆除したらいいわ。魔王軍が出なくても、ルシファーと私がやっつけ……」
「リリス姫、他者の仕事を奪ってはいけません。失業者が出ると教えたはずです」
途中で言葉を遮ったベールの言い聞かせる響きに、大人しくリリスは口を噤んだ。本能的に危険を察知する能力は、明らかに魔王ルシファーを凌ぐ魔王妃リリスである。
「いいな〜、アスタロト。僕にも分けてくれたらいいのに」
「数匹、譲ってくれるよう頼みに行きますか?」
羨ましそうなルキフェル、彼のためにアスタロトと交渉する気のベール。大公達の物騒な発言を聞かなかったフリで、ルシファーはリリスを促した。
「折角だ、皆が焼いてくれた肉を食べようか」
「そうね。私たちの出番はないみたい」
くすくす笑う2人を尻尾で包んで背に乗せ、ヤンが意気揚々とテーブルがある木陰に戻る。最初にリリスが咲かせた赤い薔薇の下で、彼らは再び祭りの続きを満喫した。
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