177. 黒歴史の劇を観る羞恥プレイ

 魔族側の視点で作られた童話は、人族に伝わる話とまったく違う。


 人族にしてみれば突然遭遇した強大な力を持つ魔族を退けた勇者が、彼らを魔の森に封じ込めた英雄譚だった。しかし当事者が生きていることもあり、魔族の間ではもっと正確に伝わっている。


 平和に暮らす魔族の認識外の土地に、突然生まれた種族が人族だった。元はいずれかの魔族の亜種だろうが、魔力がほぼゼロのひ弱な身体を持つ者が複数生まれたのだ。


 彼らは同族同士で身を寄せ合って、過酷な生存競争に晒される魔の森より外に住み着いた。


 魔の森は物騒な魔物や魔族が治める地だが、その回復度を見ても分かるとおり、肥沃ひよくな土と豊かな実りがもたらされる大地がある。


 自分達が捨てた危険な地であっても、他者がそこで実りを享受きょうじゅする姿にねたみややっかみに似た感情がわきあがった。その豊かな土地から出て行けと、魔物たちを追い払おうとした。


 その頃ようやっと魔王を中心に纏まった魔族にしてみたら、新たな火種となる人族の暴挙を放置するわけにいかない。まだ魔王による支配体制は磐石ばんじゃくとは言えず、魔王位を狙う種族も多数見受けられた。


 仕方なく魔王ルシファーは人族との対決に出向く。しかし人族が脆弱ぜいじゃくすぎて相手にならず、気の毒になったルシファーの側から「誰か代表を選んで決着をつけよう」と提案したのだ。


 もし魔族が人族を敵視して襲いかかったなら、今頃人族という種族は存在しなかっただろう。


 人族の選んだ最強の騎士が、現在伝えられる『初代女勇者』だった。彼女は魔族側の予想に反して、瞬殺されることなく善戦した。それどころか魔王に一太刀浴びせたのだ。手傷を負わされたルシファーが勇者に敬意を表し、海沿いの土地を与えた。


 当時の人族の人口は5000人ほど。彼らが暮らすに十分すぎる広さの土地を与え、魔族との衝突を防ぐための緩衝地帯の森も用意した。そこまで寛大な処置に対して反論が出なかったかと言われれば、答えはノーだ。しっかり批判された。


 だが魔族がもっともたっとぶのは『圧倒的な力』だ。最強の力を示す純白の魔王の胸に剣を突き立てた人族の勇者は、その功績ひとつで種族の存亡を勝ち得た。魔王に手傷を負わせることも出来ぬ魔族の批判は、現在の大公達に踏み潰されてしまう。


 曰く「魔王に手傷を負わせたら聞いてやる」とけしかけ、ことごとくルシファーの前に倒された。魔王候補であったベール、アスタロト、ベルゼビュートは魔王の側近となり、大公の地位を得て今の世に繋がっている。




 子供用の御伽噺なので、かなり簡略化された物語が進んでいく。リリスの言う『主役にやられる役』とは女勇者の役だろう。前半は出番のないリリスだが、ステージ袖の緞帳どんちょうからチラチラと顔が覗いた。


 どうやら観客の反応が気になっているらしい。黒髪が覗いて引っ込む様は、大人達の微笑みを誘った。ルシファーは舞台そっちのけで、ステージ右側から時折覗くリリスに夢中だ。彼女がちらっと視線を向けるたびに、満面の笑みで手を振った。


「物語からいくと、そろそろですね」


 ベールが指摘したとおり、人族と魔族の衝突を描いた部分が終わる。一度ステージに幕が下りた。どうやら場面転換を行うようだ。園児の出し物にしては手が込んでいる。背景や装置が凝っているのも、ドワーフやエルフが全面協力した結果だろう。


 開いた幕が新たなステージを示す。背景は森の中をイメージした緑が中心の絵に変わった。そして黒いずるずるした長衣を羽織った男の子が歩いてくる。金髪の子供はターニア公爵の子息だったか。長い金髪を背に垂らし、裾を踏まないよう中央まで出た。


「我ら魔族に逆らう愚か者よ、代表は決まったか?」


「人族の代表は私が戦うわ」


 反対側から走ってきたリリスはズボン姿だった。騎士服に似ているが、レースやフリルがひらひらしている。衣装係が女勇者であるリリス用に作った服は、全体的に濃い色をしていた。


「私は最強の騎士、ローゼリッタ」


「魔王ルシファーだ。剣を抜くがいい。先手を譲ってやろう」


 顎をそらして傲慢に言い切るターニア家の息子に、ルシファーが首をかしげる。


「あんなだっけ?」


「似たようなものですね。子供用にしてはよく出来た劇です」


 アスタロトがあっさり肯定する。


「先手を譲ったのは事実よね」


 ベルゼビュートが記憶を辿って呟くと、当時を知らないルキフェルは興味深そうにステージを見つめた。書物や歴史書で内容は知っているが、こうして劇で観ると新鮮なのだろう。目を輝かせて劇に釘付けのルキフェルの姿に、なんとなく恥ずかしい大公3人と魔王である。顔を見合わせて苦笑いした。

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