647. 魔王城封鎖の余波
明るい陽射しが心地よい魔王城の城門前で、フェンリルと鳳凰は焦っていた。中庭に転移をかけた大公が弾かれ、城門前に降り立つ。身震いするような強い魔力を漂わせ、彼は口元を歪めて笑みを
許されるなら、今すぐにでも土下座して道を譲りたい。しかし城門を死守するよう命じた主君から撤回されない以上、命がけで門を守るしかなかった。敵わなくとも全力で押さえてみせる。
ヤンは毛をぶわりと膨らませて唸る。隣で羽を大きく広げる鳳凰が、口から炎をちろちろと覗かせた。どちらも目いっぱいの虚勢を張った威嚇だが……武器を持たないアスタロトが一歩進むだけで、後ずさる。
ヤンの毛皮は威嚇より恐怖で膨らみ、鳳凰は焦って炎を芝の上にぼたぼた溢した。延焼する炎を、衛兵が水を掛けて消していく。
「……ヤン、アラエル……ついでにピヨ」
ついで呼ばわりされた青いヒナは、果敢にもアスタロトを背から突いている。結界があるためまったくダメージはないが、攻撃の意志はしっかり伝わった。
「ピヨ、危険だから下がりなさい」
番のアラエルが叫ぶが、先にアスタロトの足元の影が手を伸ばして青いヒナを捕まえる。牛と同じサイズまで成長しても、まだ幼児以下の鸞は逃げられずに地面に押し付けられた。
「ピ、ピヨっ!」
母親代わりのヤンが動揺して近づこうとし、アスタロトの魔力の縁に触れてびくりと下がった。おろおろする彼らを交互を見た後、足元で暴れるピヨに視線を落とす。
「この状況の説明を求めます」
詰め寄ろうとしたアスタロトが足を止め、臣下の礼を取る。黒い翼を4枚広げたルシファーが、城門の上に舞い降りた。抜け落ちた羽根が数枚落ちる。
「……もうよい、ヤンもアラエルもご苦労だった」
「ルシファー、ちゃんと『ごめんなさい』しないとダメよ」
「そうだな」
首に腕を回して抱き着くリリスがドレスの乱れを直しながら、ぷんと頬を膨らませて注意する。ヤン達が危険に晒されたと怒っているらしい。申し訳なさそうにしながら、城門上からアスタロトの前に転移した。さりげなくリリスを遠ざけたあたり、側近に叱られる覚悟があるようだ。
「ヤン、アラエル、ピヨも悪かった。嫌な役をやらせた」
騒動の元凶がルシファーだと判明したため、ピヨを拘束する闇の蔓を消す。絡みついた影が消えた途端、ピヨは一目散にヤンへ向かった。まだ番相手より母親役の方が上らしい。残念そうにしながらも、アラエルが必死にピヨの毛繕いを行う。
それを見送った後、ルシファーは「お前にも悪いことをした。すまない」とアスタロトに頭を下げた。珍しく素直に謝るルシファーの姿に、驚いて言葉が詰まる。
「い、いえ……反省していただければそれで」
思わず許すような言葉が口をついた。嫌味を言ってやろうと構えていたのに、しょんぼりしたルシファーの目元に隈を見つけ……苦笑いして手を伸ばす。目元を指の背で撫ぜると、びくりとルシファーが肩を揺らした。恐る恐る見上げてくる姿は、子供の頃から変わらない。
悪戯をしてバレた時の仕草だった。上目遣いで様子を窺い、怒っていると思ったら目を伏せる。懐かしさに口元が緩んだ。
「原因は何ですか?」
許していても、話を聞くのは別だ。きっちり叱る必要があった。今回は外出から戻っただけなので大した問題ではないが、もし緊急時に同じ措置を取られたら? 駆け付けることが遅れた大公の不在で、何か取り返しのつかない事態に陥る可能性も、考慮すべきなのだ。
「ごめんなさい。アシュタ、実は……」
「書類処理が遅れて、少し時間稼ぎを頼んだ。オレの指示だ」
申し訳なさそうに切り出したリリスを遮り、すべて自分のせいだとルシファーが言い放つ。
「でも」
「リリス。決断して命じたのはオレだから、責任を取るのはオレだ」
黒髪を撫でてリリスの口を噤ませる。後ろで見守るヤンがやきもきしながら、うろうろ落ち着きなく歩き回った。どうやらリリス絡みのトラブルが発生したらしい。ある程度予想はつく。彼女がやらかしたミスを庇うつもりなのだろう。
しかし嘘をついた時の後ろめたさを見せないことから、魔王城の封鎖を命じたのはルシファー本人で間違いない。推察で真実に近づいた側近は、先に立って城門を潜る。見送ったルシファーへ「早く来てください」と告げて執務室へ向かった。
さて……どうやって聞き出しましょうか。
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