1151. 捨てるか捨てないか

 吸血種の騒動を収めて戻れば、予想外の報告が2つ待っていた。リリスが勝手に出掛けたというもの。そちらは護衛にヤンとイポスを伴った上で、大公女2人と翡翠竜まで連れて行ったので問題ないだろう。緊急時に、転移の時間を稼げる面々だった。


 もうひとつは、魔王城地下牢に捕らえた少女だ。彼女の左手の甲に勇者の紋章が現れたらしい。食事を運んだエルフが気づいて報告し、ルキフェルが最終確認を行った。薄いが間違いないという。


「勇者か」


 人族以外にも現れる可能性が取り沙汰される昨今、人族に出現しても目新しさはない。魔王と対峙して負けたのだから、決着もついていた。問題は、ただの無力な女児だと思って生かしてしまったことだ。こんなことなら、対峙した時に魔の森の奥地に捨てればよかった。


 後悔、先に立たず。どうしたものかと悩むルシファーに、ベルゼビュートが軽く解決法を提示した。


「なんてことありませんわ、今から捨ててしまえばいいのです」


「……勇者だとわかってから捨てると面倒にならないか?」


 まるで対決を恐れて捨てたように見えたら、後々揚げ足を取られる。眉を寄せてぼやく魔王に、ピンクの巻毛の美女は平然と切り返した。


「今までもそうして来たのに、どうして躊躇うのかしら。女だから? それとも子供だから?」


 どちらにしろ他人に剣の先を向けた時点で、反撃される覚悟はあるはず。まさか魔王がただの人に負けてくれると思ったわけじゃないでしょ。けろりと言い切ったベルゼビュートの言葉に、それもそうかと納得する。


 過去に攻めてきた人族は、半数ほどを魔の森の奥へ捨てた。それにより魔獣達の餌が供給されたわけだし、何も実害はない。今回も同じように処理しよう。子供と呼ぶには育ちすぎで、女性と呼ぶには難しい年代だった。まだ若いので、うっかり帰して子供を大量に産むようなら面倒だ。


 すでに個体管理の対象となったに分類され、人族という種族は公式に認められていない。法で明記されたなら、王として従うのが正しい。自らを納得させたルシファーは、地下牢へ足を運んだ。


 牢の中で蹲る少女は顔を上げない。魔族なら無礼だと騒ぐベルゼビュートも「魔物だからしょうがないわ」と苦笑いした。知能がなく言葉が通じない相手に、礼儀を問うても意味がないのだから。


 ルキフェルがすでに牢内の対策を終えていた。そのため少女は、牢番のリザードマンに中庭へ連れ出される。後ろを歩きながら、左手の甲にあるという痣を見つめた。見慣れた紋様だが、何かが変だ。そこでルシファーは気づいた。


「違う」


「何ですの?」


 きょとんとした顔のベルゼビュートに、ルシファーは違和感を説明した。


「少女の痣は勇者のものではない。なぜなら、オレがそう感じるからだ」


 根拠がない話のようだが、はっとしたベルゼビュートが目を見開いた。魔王と勇者が対だと伝えられる理由のひとつに、ルシファーの感覚がある。勇者の本物と偽物を、相対して判断してきた。その基準はすべて、ルシファーが勇者だと感じるか否か。


 本能に近い感覚で、何かを区別していた。その感覚がまったく働かないなら、これは偽物に分類される。だがルキフェルがすでに確認したとおり、紋様は本物だった。その違和感を訴えるルシファーだが、ベルゼビュートは容赦なかった。


「それは後で検証しますが、ひとまずこれは捨てましょう」


「検証用の材料だぞ?」


「あたくしが捨てたいのです」


 ぱちんと指を鳴らしたベルゼビュートを止める間もなく、少女はどこかへ飛ばされた。すでに中庭の領域に入っていたようで、魔法陣すらなく消えてしまう。これでは魔力のない少女の行方は追えない。


「……ルキフェルへの説明は任せた」


 叱られてこい。そう呟いたルシファーに、ベルゼビュートは巻毛を背に放りながら、ふふんと鼻を鳴らす。


「あたくしが怒られるわけありませんわ」

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