90章 臆病な精霊女王の恋愛事情

1225. 求愛されたんですって

「いいわ、集計して統計を出せばいいのね」


 事務仕事は嫌だと愚図ることを想定していたルシファーは、あっさりしたベルゼビュートの了承に目を瞬く。隣のリリスも同じような疑問を感じたらしく、顔を見合わせてしまった。


「いいのか」


「あら、嫌なの?」


「任せる」


 字は汚いが、計算は確実でしっかりしている。出生率の計算を任せるなら、彼女が適任だろう。次点でアスタロト、ルキフェル、ベール辺りか。戸籍を渡して、ついでに過去の出生届を一緒に渡した。


 魔族は誕生日を祝う習慣がない。そのため、生まれ年程度の記載しかないのが普通だった。良くて季節が記されている程度だ。中には詳細に記録を取る一族もあり、生まれた日がはっきりしている者もいた。だが珍しい方だ。


 長寿ゆえ、即位記念祭で纏めて一族の出生届を出す貴族も多く、数年のずれはご愛嬌といったところか。中には年数を数え間違えており、即位記念祭の前の年に集計した子どもの一覧に、1年追加という文字を足して提出した種族もいた。戸籍制度ができたことで、今後は生まれ日を記録する旨を通達している。徐々に詳細な記録が集まるようになるだろう。


「私はルシファーに拾われた日に生まれたのよ。あの場所にぽんと湧いて出たの」


 びっくりする出産の秘密に、ルシファーは一瞬固まり、それから頬を緩めた。捨て子で1ヶ月ほど経過していると予想されたリリスだが、生まれたその日に出会っていた。


「リリスは生まれてからずっと、オレといてくれたんだな」


 にっこり機嫌よく笑うルシファーの膝に座り、リリスは頷く。魔の森も赤子を預けるにあたり、ある程度の大きさまで己の胎内で育ててくれたらしい。もしかしたら彼女の言葉通り、何もない場所にぽんと現れたのかもしれないが……。


「リリスを拾った日は、日記に日付があったはずだ」


 夜寝る前につけていた業務日誌に近い記録がある。魔王史の編纂へんさんを請け負うルキフェルも同様に記録していた。そのため、リリスの誕生日は特定可能だ。


 浮かれるルシファーの横で、ベルゼビュートは資料を確認し始めた。いくつか追加の資料を要求したあと、ピンクの巻毛を後ろでひとつに結ぶ。


「最低でも3日は掛かるわ。その間の辺境地区の見回りは魔王軍に回してね」


 両方は無理よ。そう告げる彼女に頷き、リリスと腕を組んで部屋を出た。素直に仕事をしてくれるベルゼビュートは珍しく、邪魔をしないに限ると足早に退散する。


「ベルゼ姉さん、逃げてきたんですって」


「何かやらかしたのか?」


「求愛されて、追いかけられてるらしいの。でもオスじゃなくてメスなのよ」


「……なるほど」


 辺境で誰かに見初められたが、その相手が同性だった――ベルゼビュートの場合、恋愛対象は異性だったはず。しつこく追われて辟易したのだろう。にしても、メスという表現は微妙だ。


「リリス、人の形をしている場合は女性、男性と表現した方がいいぞ」


「だって魔獣だもの」


「魔獣!?」


 それは、確かにオスとメスの表現になるな。リリスに勘違いを詫びて許しを得る。そこで気になった。


「どこで噂を聞いてきたんだ?」


「それがね、ロキちゃんが楽しそうに教えてくれたの。笑いが溢れちゃって、途中からお腹を抱えて転がってたわ」


 想像がつく場面に苦笑いし、ルシファーは肩をすくめた。ルキフェルに口止めをした方がいい。後でベルゼビュートが報復すれば、ベールを巻き込んで大騒動になる。すでに結果の見えた人災は、ボヤのうちに消すのが正しかった。


「ルキフェルを誘ってお茶にしようか」


「本当? 今日はアベル達も城にいるから誘ってみましょうよ」


 おしゃべり好きなアベルを混ぜることに一抹の不安を覚えるが、いざとなればこの話題を避ければいい。簡単に考えた決断を、ルシファーは翌日後悔することになった。

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