393. 良かった!では片付かない
リリスにパパと呼んでもらえなかったショックで、とぼとぼと執務室を出る。散歩道へ向かうルシファーの左腕に抱かれた赤子は、大喜びで身体を揺すった。最近よく見せる仕草だ。
執務室の前の廊下を進み中庭を抜ける。ここ数日で薔薇が咲き始めた広間前の庭を眺めながら歩いていると、勉強を終えた少女達が駆け寄ってきた。
「お散歩ですか?」
「ご一緒させてください」
ルーサルカとルーシアの声に頷き、赤、黄色、白と咲き乱れる花の間を歩いていく。エルフ達が丹精した薔薇の香りが周囲を満たしていた。
「あぶぅ。ぱぁ……あ!」
一瞬期待したルシファーだが、あと少しのリリスを撫でながら溜め息をついた。その姿に事情を察したルーシアが声を上げる。
「陛下、そこまで気落ちされずとも、すぐに話せるようになりますわ。賢いリリス様ですもの」
「そうです」
相槌を打つルーサルカに頷きながら、ルシファーはある事実に気づいた。
ルーサルカの視線の高さが違うのだ。ここ数ヶ月でルーサルカは急に背が高くなり、ルーシアも髪が伸びている。成長期の少女なら当然だが、同時に違和感を覚えた。
腕の中のリリスが赤子になってから髪の伸びた形跡がないのだ。赤子に戻る事件から数ヶ月経っていた。月齢で数える赤子にとって、1ヶ月もあれば大きな成長が見込める。しかし髪も爪も伸びず、リリスの言葉数も増えないならば、成長していない可能性があった。
苦労しながら赤子の柔らかい爪を切り落とした記憶が過る。風を使って、でも爪以外を切らないよう加減するのが難しかった。深く切りすぎて、痛みで泣くリリスをあやした記憶もある。
ルシファーの脳裏に浮かんだのは、成長が早すぎたというベルゼビュートの指摘だった。あのとき、魔力が膨大な魔族の成長速度と比較して、人間のように年齢を重ねたリリスの成長は異常だと言われた。その場で納得したが……赤子の成長が遅い種族でも髪や爪は普通に伸びるはず。
眉をひそめたルシファーの元へ、報告書片手のアスタロトが近づいた。執務室へ向かっていたアスタロトだが、途中で見かけたルシファーを追ったのだ。
「いかがなさいましたか」
ルシファーの眉間の皺に気づいた側近が首をかしげる。少し迷いながら言葉を選んで相談した。
「リリスが……成長してない、気がして。髪や爪が伸びないし」
アデーレの方が相談相手として向いていると考えながら、アスタロトは記憶をさらった。成長しない赤子の話に覚えがある。どの種族だったか。どこで目にしたのか。
「成長しない赤子の話を読んだ気がするのですが」
「本当か?」
前例があったのか! と勢いよく食いついたルシファーには悪いが、詳細がまったく思い出せない。流し読みした資料に乗っていた可能性があり、こういう事例は記憶力に優れたルキフェルが向いていた。
「ルキフェルに確認しましょう」
「そうだな。すぐに戻ろう」
散歩を切り上げて足早に進むルシファーが、突然立ち止まる。慌てた様子でリリスを抱き直し、不思議そうな顔で腕の中を見つめてから呟いた。
「リリスが……急成長した」
「はい?」
「「え?」」
アスタロトだけでなく、ルーシアやルーサルカも首をかしげる。何を言い出したのだろう。もしかしたら、リリスの成長を望むあまりおかしくなったんじゃ……? そんな疑惑の眼差しに気づくことなく、ルシファーはリリスの黒髪や小さな手を確認する。
「やっぱり重くなった」
リリスを揺らして重さも確かめる姿に、アスタロトが慌てて巻き尺を引っ張り出した。さきほどまですっぽり抱かれていた赤子の手足がはみ出しており、どう見てもサイズが大きい。3歳前後に匹敵する大きさに見えた。
「失礼します」
頭の上から足の先まで巻き尺で測り、茫然とした様子でアスタロトが赤子を見つめる。
「
「もったいぶらないでください」
少女達の声にアスタロトは普段の冷静さが嘘のように、上ずった声で呟いた。
「本当に、大きくなっています……92cmでした」
一晩で数cm大きくなった獣人の子の話は聞くが、目の前で瞬きの間に22cmも成長する魔族の話など知らない。そんな種族の記録はないはずだ。混乱した魔王と側近は顔を見合わせ、ほぼ同時にリリスに目を向けた。
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