125. 瓦礫はご褒美です
「よかった。これで来春の即位記念祭に間に合いました」
満面の笑みでアスタロトが断言し、魔王と大公達が顔を見合わせた。もうすぐ訪れる10年に一度の即位記念祭は、魔王の演説がある。今年は魔王妃候補となったリリス姫のお披露目もあるため、ルシファーが翼を隠して済ませるには無理があった。
国民を守って傷ついた魔王の話は美談となって広まっている。そのため完治していなくても、翼2枚は披露しないと魔族の感情が収まらないのだ。傷つけた人族を滅ぼせ! と過激な魔王シンパが騒ぐだろう。
民に人気があるが故の贅沢な悩みだが、痛いからと翼を出さずに記念祭へ参加すれば、暴走した国民や貴族が人族滅亡の引き金を引きかねなかった。
「痛みを我慢して翼を見せるつもりだったけど」
ばさりと2枚の翼を動かしたルシファーは、肩を竦めた。
「まったく問題ないな。たぶん魔法も問題なく使える」
「そちらは診察の後にしましょうか」
にっこり笑って留めるアスタロトが、主治医のメフィストを呼び寄せる。手配する部下を見ながら、ぼろぼろになった城壁に溜め息をついた。一生懸命働いたドワーフ達が落ち込む姿が予想できる。眉を寄せたルシファーの目に、朝焼けが飛び込んだ。
ゾンビ騒動の間に夜が明けたらしい。眩しい朝日が、無残な城門周辺を照らし出す。崩れた塔は以前吹き飛ばされたものを再建していたのだが、また落雷で壊れてしまった。もう再建を諦めた方がいいんじゃないか? 正直、呪われてる気がする。
「「「おはようございますだぁ!」」」
元気よく挨拶して城門をくぐるドワーフ達が悲鳴を上げる。立ち止まった小人は次々と後ろから来た仲間に押され、無残な塔の前で崩れるように膝をついた。がっくり項垂れる彼らの姿に、ルシファーが声をかける。
「あの……ゾンビと戦った際に」
壊しちゃったと言いかけた魔王陛下の声は、ドワーフ達の歓喜の声にかき消された。
「やったぞ! 新しい塔の建設だ!」
「新デザイン導入のチャンス!」
「今度こそ彫刻を認めさせてみせるっ」
すぐさまデザイン画を描き始めたり、設計用の図面を引き始めたり、現場は活気を帯びる。城門の上で呆然とするルシファーを置き去りに、彼らは盛り上がっていた。早朝から異常なテンションで騒ぎ、侍従達に苦笑いされる。どうやら毎朝恒例の騒ぎらしい。
「陛下、ドワーフとはこういう種族です。無理にでも労働時間を制限しないと、身体を壊すまで働こうとします」
ベールは溜め息混じりに肩を叩く。苦笑いするアスタロトが、馬乗りのリリスからヤンを救出した。
「壊れると新しい仕事が生まれますから、彼らにとって瓦礫はご褒美です」
延々と建物や道具を作り続けるのが、ドワーフにとってご褒美だと? ……そういえば3交代24時間稼動のブラック体質だった。過去驚いた報告を思い出しながら、ルシファーはリリスを受け取る。半分眠っている娘は、ぐずぐず文句を言いながら抱きついた。
「午前中は寝る」
「いけません! 体内時計が狂うので、午後にお昼寝の時間を設けましょう」
オカンすぎるアスタロトの発言に、逆らう余地がないルシファーが頷く。腕の中は首をがくりと仰向けたリリスが爆睡していた。ちょっと羨ましい。
欠伸をこっそりかみ殺した魔王が歩き出し、後ろを大公達がついていく。焼け焦げた尻尾を気にしながら続くヤンが見えなくなる頃、ようやくドワーフ達が顔を上げた。
「よし、次の塔は5重にする!」
どこぞの宗教施設のような立派な塔が出来上がるまで、あと数ヶ月である。
魔王城の建設コンセプトはいつの間にか迷走し、着地点を見出せないまま。住人である魔王の意図から大幅にズレた城の姿に、頭を抱えた側近からやり直しを命じられるまで――ドワーフ達は好き勝手に建築作業を続けた。
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