1071. 指摘してはいけない2箱
お風呂でリリスに背中を流してもらい、ご機嫌でベッドに潜り込む。腕の中で人形を抱きしめるリリスを守りながら、その寝顔を堪能した。それはもう……夜が明けるまで眺めていたのだが。
リリスを優しいキスで起こし、手早く着替えさせる。背中のリボンを結び、美しい黒髪をブラシで整えているところにノックの音が響いた。
手早く身支度を整え、朝食が並ぶテーブルにつく。今朝のリリスの髪型は、活動的なポニーテールだった。
「おはようございます、陛下、姫様」
入室を許可された侍女達が箱を運び出す。今日から温泉地へ向かうため、リリスが昨日詰めた過去の私服の搬出を急がなくてはならない。監督するために同行したアデーレは、一目見るなり異常に気付いた。ちらりと視線を向けた先で、ルシファーが穏やかに頷く。
リリスは気づかぬまま、苺をほおばった。
「美味しいか?」
「ええ。今日の苺はすごく甘いのよ」
「どれ?」
「あーん」
リリスが差し出した苺に噛みつき、ゆっくり咀嚼する幸せそうな魔王の姿に、侍女長アデーレは指摘を諦めた。あれだけ愚図ったのだから、全部隠されなかっただけ良しとしよう。全部で108あった箱が2つくらい減っても、大した損失ではなかった。
横領と考えれば一大事だが、購入費用の8割がルシファーのポケットマネーだったのは有名である。魔王妃予算が足りないと駄々をこねて、夫アスタロトに却下された。個人的な私費を投入した彼が2箱隠匿した程度で、指摘したら可哀想だ。
アデーレはよくできる侍女だった。察しがよく手際もいい。にっこり微笑み返し、何もなかったように侍女達を指揮した。穏やかなルシファーの表情に何事もなかったように一礼して退室する。
城下町へ運ばれた大量の服は、子供服として活用されることとなった。リリスからのプレゼントという名目で格安販売された売り上げは、辺境地の開拓費用に充てられる予定だ。
人族が使用していた土地は、現在魔の森が急速に広がった影響で、未開の地に戻ってしまった。ある程度切り拓く必要がある。その際に必要な物資や引越し費用として公平に分け与えるよう、アスタロト指揮の下、ベルゼビュートが計算した。
予定通り全ての服は売り切れとなり、小物の売り上げ分が予定外に残る。その費用は魔王妃予算に積み立てられ、リリスのお小遣いとなったことは……ルシファーの知らない事情だった。
温泉地の別宅へ向かうのは、今回も大所帯となる。ルシファーとリリスはもちろん、護衛にヤンとイポスが同行する。シトリー、翡翠竜を背負ったレライエ、保護者枠のアスタロトまで。ルーシアとルーサルカは休日が入るため、後日合流となった。侍女は現地のデカラビア子爵家から派遣される。
手配は万全だった。あのアスタロトが同行するのだ。多少抜けがあっても補ってくれるだろう。それぞれに衣服を収納へ放り込み、リリスはお気に入りの飴の瓶を入れたポシェット姿で現れた。
転移魔法陣をルシファーが中庭に設置し、その上に全員が乗ったのを確認して飛ぶ。別宅の玄関前で、彼らは予想外の光景に愕然とした。
「これは、何が?」
「困りましたね」
別宅は燃えていた。ついさっき火がついたのだろうか。まだ誰も消火に駆けつけていないが……激しく燃える屋根が、崩れて落ちる音が響いた。
ぱちぱちと炎が踊り、ルシファーはがくりと肩を落とす。パチンと指を鳴らして火を消し去り、吐き出しかけた溜め息を飲み込んだ。
「また……お前か」
焼け落ちた柱の影に、大型犬サイズの雛がいる。青い羽毛を煤で汚しながら、申し訳なさそうに身を縮めていた。
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