1070. まさかの保護者同伴?

 半泣きでいくつかの服を残してもらい、大切に収納へしまうルシファーの背中に、アスタロトは容赦なく要望を伝えた。


「ルシファー様、書類が終わっていないようですが? 明日からの休暇に差し支えますので、早く仕上げてください」


「今からやる……待ってろ」


 ぐすっと鼻を啜って、なんとかリリスから許しを得た数足の靴を箱にしまった。普段は物に固執しないため、クローゼットも広く開いている。そのスペースに保管したリリスの過去の小物や服は、すべて自分の物と認識してきた。どれをとっても思い出深く、リリスの成長を偲ぶ大切な宝物だった。


 鬼のアスタロトもここには手をつけなかったのに、まさか当のリリスによって聖域が侵されようとは……。クローゼットの中身を収納にしまわなかった己を、多少なり悔やみながら小物も箱にしまっていく。


 許されたのは、靴2箱、服5箱、小物1箱だった。十分すぎる思い出の量だと思うが、ルシファーは全然足りないとゴネる。最終的にもう1箱許してもらえた。


「もうっ! 私がいる限りずっと増えるのよ?」


 そんなに溜めてどうするの! リリスが眉を寄せて叱る。リリス着用の服は増える一方だが、過去の思い出はもう増えないのだ。ルシファーにとって、大事件だった。


 今後は収納空間で保管しようと固く決意する。ここなら死んでも奪われることはない。底の見えない収納量を誇る空間へ、大切な箱を10個入れた。


「我が君、ひとつ多い……むぐっ」


 余計な発言をしたヤンの口が、突然ボールに塞がれる。慌てて巨大化してボールを吐き出したが、睨みつけるルシファーの眼差しに尻尾を垂らした。指摘してはいけない、危険な地雷を踏み抜いたらしい。


「我も歳のようですな」


「そうであろう、何もおかしな点はなかった」


 きっぱり言い切って、通りすがりにヤンを撫でて小声で謝る。ヤンも申し訳なさそうに尻尾を巻いて、きゅーんと鳴くことで返した。


「ルシファー様、読み上げるので処理してください」


「……あ、ああ」


 なぜアスタロトがここまで急ぐのか。大した量ではないし、リリスが寝てから処理しても間に合うはずだ。奇妙な急かし方に首を傾げながら、内容を確認して署名押印を続ける。


 リリスは寄付することを決めた服を、別の箱に詰めていた。アデーレのサポートもあり、あっという間に部屋が片付いていく。


「こちらは予算処理の承認です。それから巨人族の街の外壁修理許可、虹蛇の鱗の販売申請、あとは休暇申請です」


「わかった」


 言われるままに確認していたルシファーだが、最後の休暇申請でぴたりと手を止めた。署名するための手が動かない。


「いかがなさいましたか?」


「えっと……これ。お前の休暇申請だよな?」


「そうですよ」


 私だって休むことはあります。そう付け加える側近に、ルシファーは頷きながら尋ねた。


「どうして期間がオレと被るんだ?」


 嫌な予感がする。それはもう、盛大に嫌な感じが、ひしひしと押し寄せてくるんだが? 疑いの眼差しを向ける主君へ、側近は事もなげに答えた。


「未婚の我が娘が参加するのに、親である私が付き添わない訳ありません」


「…………」


 この書類に署名しなければ、どうなるのか。想像すら恐ろしい。ごくりと唾を飲み、ペンを握りしめた。署名したくないが、しないとヤバい。


「……ルシファー様?」


 まさか署名しない気ではありませんよね。疑問系ですらない脅迫に背を押され、ルシファーは震える手で署名と押印を済ませた。

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