1069. 改革と一緒に持ち込まれた断捨離

 様々な書類を一段落させ、余裕をもって休暇前日を迎えた。


「今日はこちらの書類だけです」


 運んできたアスタロトは、1回で運べる程度の量を積み上げた。ざっと見て、半日ほどの量だ。


「本当にこれだけか?」


「はい。アンナ嬢やイザヤ達の進言を受けて、改革しておりますから」


 書類の分業化に関する知識は、異世界の方が進んでいる。日本人が持ち込んだ手法をアレンジして専門職を作り、それぞれに得意な部分だけを担当する形に変更した。その改革が早くも功を奏しているらしい。今までは魔王か大公の署名を必要とした書類も、各部署の長の署名で通るように変更した。


 一週間に一度、それぞれの部署から報告書が上がる。その報告日を部署ごとにずらした。週末の経理部門、週明けは行政関連、と提出日をずらしたことにより、書類が同じ日に集中しなくなる。簡単だが誰も手を付けなかった部分だ。


「こんなに変わるのか」


「ええ。驚きましたね」


 アスタロトが最後に1枚の書類を足した。それは功績をあげた者を表彰する際に使う推薦状だ。ついでに昇進させて、日本人を役職に縛り付けるつもりのようだ。これが褒美になるかどうか分からないが、昇進は悪いことではない。城下町に住むと決めた以上、ある程度の給与がもらえる仕事は必要だった。


 さらさらと推薦状の承諾欄に署名して押印する。


「こき使うなよ?」


「人聞きの悪いことを言わないでください」


 差し出した書類を、苦笑いして受け取るアスタロトが一礼して下がる。複雑な内容が多い時は隣で読み上げと説明をするが、今回は簡単な決裁のみだった。すでに彼が目を通し問題ないとした書類ばかりだろう。


 書類の処理を始めたルシファーの横で、リリスはクローゼットから取り出した衣類を積み重ねていた。


「これもいいと思うわ」


「そうですね、もう着られませんから」


 アデーレが相槌を打ちながら、サイズの合わなくなった服を畳んで箱に詰める。ふと気になり、ルシファーは書類処理の手を止めた。あのオレンジの服は小さい頃のリリスがお茶を零したっけ。懐かしくなり、立ちあがって近づく。


「その服をどうするんだ?」


「小さいのは着られないから、寄付するの」


 リリスの一言に慌てて駆け寄った。既に箱の中に大量に積まれた服を確認し、リリスの手元にある服もチェックする。震える手で服の入った箱を引き寄せようとして……アデーレに阻止された。手伝いで参加するレライエと翡翠竜が、困ったような顔でリリスと魔王を交互に見つめる。


「リ、リリス。これはオレの宝物だから、残してほしい」


「ダメよ。前もそう言って反対したじゃない。もう着られないんだから、誰かに着てもらうのよ」


「オレが一生大切に保管するから、渡してくれ」


 むっとした顔で、リリスがルシファーに向き直った。左手を腰に当て、右手で魔王を指さす。行儀は悪いが、意見を通そうという気概は感じられた。


「ルシファー、あなたは服と私とどっちが大事なの?」


「リリスに決まってるだろ!」


 きっぱり言い切った瞬間、笑顔のアデーレに箱を収納されてしまった。愕然とするルシファーに、リリスが言い聞かせる。


「今日一緒にお風呂入ったら、背中流してあげるから我慢して」


「う……うぅ゛」


 背中を流してもらう特典と、失われた宝物を秤にかけて魔王が唸る。その情けない姿を前に、レライエは溜め息をついた。


「さっきのリリス様の、どっちが大事なの発言は……あれだろう? アベルに習ったセリフか」


 本来は仕事と私、どっちが大事なの!? だったが、リリスなりにアレンジしたらしい。小さな両手で顔を覆う翡翠竜は「わかる、陛下の葛藤がわかるぅ」と同情を露わにし、ルシファーと頷きあった。


 この特殊性癖は、女性達に理解されることはなく……その後もリリスの断捨離は続いた。

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