325. 着飾って狩りの準備完了
「準備はできた?」
素の口調で声をかけたリリスが振り返る。鏡の前でアデーレが準備を整えた美少女は、桜色のドレスを翻して立ち上がった。ビスチェの胸元はほんのりふくらみを見せ、飾りの白薔薇が揺れる。同じ薔薇を黒髪に散らしたリリスが、ドレスと同色の唇を笑みに歪めた。
「ええ、万全ですわ」
「もちろん抜かりなく」
ルーシアとシトリーが答える。少し離れた場所に腰掛けたルーサルカとレライエが頷いた。それぞれの手に握られた花束や仮面は、今夜の仮面舞踏会を彩るアイテムだ。舞踏会である以上、それぞれにパートナーが必要だった。
レライエとシトリーは家族が名乗りでており、ルーシアは親の決めた婚約者が迎えに来るらしい。ルーサルカはアデーレの弟が付き添う予定になっていた。
「それじゃ、手順通りに追い込んでね」
「リリス様、お言葉が……」
「あら、ごめんなさい。皆様、私を支えてくださいね」
言い換えただけで、まったく別の発言に聞こえる。実際に内容は同じだが、侍女のアデーレは満足そうに頷いた。最上級の教育と躾を施した、自慢のお嬢様だ。どこに出しても恥ずかしくない振る舞いができるよう、マナーも言葉遣いも教えてある。
舞踏会という名の戦場へ送り出すのに、何も不安はなかった。
「アデーレは、大公夫人として参加なさるの?」
「……いいえ。あの人は陛下の護衛を買って出ましたし、私も仕事がございますので」
遠回しに護衛が必要な舞踏会だと情報を漏らす。何らかの騒動が持ち上がると踏んでいるアスタロト夫妻の「援護します」という申し出に、リリスはご機嫌で頷いた。
楽しみにしてきた狩りの時間だ。今夜は大きな獲物を追いかけ、包囲してから息の根を止める。ここ数カ月狙ってきた獲物のために、ここまで手をかけて準備した。
「久しぶりの大きな狩りね」
白いレースの長手袋をつけた両手を合わせて、うっとりと呟く。手袋に隠れるため指輪をせず、ティアラとネックレスに留めたジュエリーが光を弾いた。
ルシファーが選んで与えたのは、瞳の色と同じ
少女の清楚で可憐なイメージに、ごてごてした耳飾りは不要だと考えたルシファーのチョイスだ。
「あまり浮かれてはバレてしまいます」
ルーサルカの忠告に、リリスは口元を引き締める。それでも浮かんだ笑みは隠しようがなかった。扉をノックする音がして、隣室につながる扉が開く。一斉に
「綺麗だ、リリス。こんなに可愛くて美しいと、人前に出すのが嫌になってしまうな」
抱き寄せたルシファーの純白の髪はゆるやかに結われている。足元まで届きそうな髪を肩甲骨あたりの長さに纏め、柔らかなループを描く形で留めた。公的な場に出る際は結うのが一般的らしいが、普段は滅多に結ばない髪は、お揃いの
黒髪の上に、続いて頬にキスを落としたルシファーへ、リリスは目を閉じて待つ。
「お姫様は欲張りで我が侭だ」
くすっと笑ったルシファーの声に、ルーサルカ達は窓の方へ視線を向けた。アデーレは片付けをするフリで手元から目を上げない。気遣いに感謝しながら、長いまつ毛に彩られた瞼に、鼻の上に、最後に唇に触れるだけのキスをした。
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